2011-10-23

もえない, 森博嗣

角川文庫
2011-10-23 読了

高校生が主人公のミステリ。
タイトルからは軽いノリを想像していたが、案に反して雰囲気のある作品だった。
読者が犯人を推理するのはほぼ不可能ではと思われるが、そのような楽しみ方など、はなから放棄しているのでとくに問題ない。

こっそりと名古屋っぽい地名が出てくるのも楽しい。

森博嗣の本にしては、解説が珍しく「解説」というにふさわしい文章で、こちらも楽しめる。

2011-10-16

播磨灘物語, 司馬遼太郎

講談社文庫
2011-10-16 読了

黒田官兵衛が主人公の物語。4巻のボリュームだが、初期(?)のころの話にページが割かれていて、本能寺の変は4巻目にやっとでてくる。また、官兵衛が小寺氏の家老の間は、野心を持たず、主に仕えるという風なので、それとこれとで印象が地味に感じてしまう。

秀吉時代ももっと紙数を使って欲しかった。

2011-10-03

生き延びるための地震学入門, 上大岡トメ, 上大岡アネ

幻冬舎
2011-10-03

マンガと対話形式で地震・津波の基礎知識が得られる。スイスイ読める。

この本のメッセージも、「超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか」と同様に

(地震・津波を)正しく恐れる

ことの重要さ、と読んだ。

2011-09-29

次の巨大地震はどこか!, 宍倉正展

宮帯出版社
2011-09-29 読了

著者のグループで取り組んでいる、地質学的手法による古地震の研究の紹介。とにかく、何度もくり返し吐露されているのは、869年の貞観の津波についての研究成果を取り入れた地震の評価結果が政府の地震調査研究推進本部からまさに公表される直前だったこと、そして、もし、それが公表されていたら、今回の地震・津波の被害者が少しでも減っていたのではないかという悔悟の念である。

著者によると、千島海溝・房総沖・南海トラフに(超)巨大地震が切迫している可能性があるという。その予想はともかく、過去の地震の痕跡を探る手法がバラエティに富んでいて、災害の被害に遭われた方々には不謹慎ではあるが、非常に楽しい。

最近のホットな結果まで惜しげもなく紹介されていて、この分野の研究の面白さがよく現れている。

写真や図も豊富で、非常に読みやすくて一気に読めたが、ただ図に番号がついていなかったのが残念。

2011-09-28

自分探しと楽しさについて, 森博嗣

集英社新書
2011-09-25 読了

タイトルだけからは結構軽い感じで読めるエッセイ的な本かと思いきや、「自分」とはなにか、という哲学的な考察などのある、やや硬い内容だった。とはいえそこは森博嗣、やわらかい語り口で読みやすさへの配慮も忘れない。

著者も書いているが、「やや硬い内容」と感じるのは、敢えて抽象的に書いているからだろう。そもそも、本書の一番の主張はおそらく、

抽象化しよう。考えよう。

ということだろう。

それにしても、これだけの本をトータル12時間で書き上げたそうだ(執筆期間7日)。うんうんと唸りながら書いていたのではとても無理で、書きたい内容がほとんど頭の中にあり、とにかくタイプしてそれを記号化する、という作業なのではないかと想像する。とても真似できそうにない。

2011-09-24

A Dramatic Turn Of Events, Dream Theater

2011-09-24 購入

Drummer の Mike Portnoy が脱退したと聞いてどうなることかと思ったが、むしろメンバーチェンジのせいか、ここ最近のダークさがやや後退し、メロディを聴かせるタイプの曲が全面に出て、派手さはそれほどないが、個人的に非常に好ましい方向性だと感じる。まだ十分に聴き込んでいないが、これまでの作品の中でもかなり良い方ではないか。

2011-09-23

津波と原発, 佐野眞一

講談社
2011-09-22 読了

本書は大きく分けて (1) 津波; (2) 原発; の2部からなっている。しかし (1) は全体から見ると分量も少なく、わざわざ現地に出かけて行ってオカマさんの消息を訪ねたりと場当たり感が強い。津波で有名な山下文男さんの取材は面白いが。山下氏が日本共産党の元文化部長だったというのは初めて知った。

この本の眼目は2部の原発に関する部分だろう。特に日本に原子力発電所が根付く過程を、国や地元の政治家・実業家を軸に解きほぐしている部分は面白かった。
  • 元読売新聞社主の正力松太郎がメディアも使って原子力導入を推進
  • 福島第一原発は、堤康次郎が買い上げて塩田にしていた元陸軍飛行場跡地に建設

これを読むと、原子力政策は国と電力会社が一体で推進されていて、東京電力などの電力会社は民間企業のはずだが、容易には潰されないのも、さもありなんという感じだ。

しかし、原発労働を「誇り無き」「後ろめたい労働」など感覚的にネガティブにしか描かず、技術的な側面をまったく無視した記述はどうかと思う。これが世間一般的な認識なのだろうが、これでは森博嗣がいうような科学的思考・定量的思考が普通に根付くのは夢のまた夢という気がする。

また、あとがきなどで、今回の津波を「三陸津波」と言っているが、津波で被災したのは三陸地方だけでなく、この本で大々的に取り上げている福島原発がある福島県、仙台平野や茨城、千葉などの東日本の太平洋側の広い地域だ。意味がわからない。

2011-09-19

「死んでも仕方がなかった」で済ませていいのか? “釜石の奇跡”の立役者があぶり出す安全神話の虚構, 吉田典史

「死んでも仕方がなかった」で済ませていいのか?
“釜石の奇跡”の立役者があぶり出す安全神話の虚構, 吉田典史


ダイヤモンドオンラインで連載されている「『生き証人』が語る真実の記録と教訓~大震災で『生と死』を見つめて」という吉田典史氏の記事。片田敏孝・群馬大学大学院教授への取材。片山氏は「釜石の奇跡」の立役者。

2万人近くに及ぶ死者・行方不明者は少なくとも3つのカテゴリーにわけられる:
  • 要援護者
  • 職責を全うした人たち
  • 避難意識が徹底されていなかった人や、その犠牲になった人

2点目の人たちについては、報道等では「殉職」「美談」としてしか取り上げられないが、本当にその人たちも犠牲にならなければならなかったのか、を問い直す必要があるという。

1人でも多くの人の命を救うことに、一点の曇りもあってはいけない

また3点目の人たちについては、「科学・技術」と「防災」について考えこんでしまう。片山氏は、防潮堤のある宮古市田老地区での犠牲者について

強固な防潮堤が多くの人を救った。一方で、津波から逃げる意識を弱くしてしまい、結果としてたくさんの人の命を奪った

という面があると指摘している。これは森博嗣が指摘するように、個人個人が科学的思考法を身に付けず、科学・技術のその時点での成果だけを盲目的に信用することの危険性と同義なものだ。「では防潮堤などなかった方が良いのか」と短絡的に考えるのではなく、防災は複合的な対策が必要であるから、技術的・経済的に取れる対策はとった上で、かつ、行政も対策をとり、個人個人も自分の命を守るために自分で考えて行動することが必要ということだろう。

行政に身を委ねるという根本的な仕組みを変えないと、同じような被害が続く。国民1人1人がそれを真に理解する時期にさしかかっている。災害から命を守るのは、自分なのだ

人間にはそもそも自己防衛能力が備わっている。それは例えば、食べると危険なものは「変な味がする」と感じて吐き出す、などのことだ。しかし、温暖化・原子力・携帯電話・津波、などなど、本能ではなく科学的な知識と思考が必要な危険に対しては、思考停止して結論を急ぎ、0か1かの極端な反応をとりがちである。そうではなく、片山氏が指摘するように

主体的な意思で身を守る

ことが大切で、そのために日頃から科学的情報や思考にすこしずつでも接し身近にしておくことが重要ということだろう。言うに易し行うに難し、だが。

2011-09-11

関ヶ原, 司馬遼太郎

新潮文庫
2011-09-11 読了 (3回目?)

関ヶ原は「天下分け目の決戦」の代名詞だが、戦は博打ではなく、事前の「外交」作戦で九分九厘勝てる態勢をつくって初めて戦端を開くのが「戦上手」なのだろう。その意味では、司馬遼太郎の描き方のせいかもしれないが、家康は憎いばかりに戦上手だ。一挙手一投足が「政治」だったようだ。

また、忠臣蔵に代表されるように、武家社会では「君辱めらるれば臣死す」というような価値観が主流と思いがちだが、戦国時代は義でなく利で動く。おそらく江戸時代以降の(意図的な)儒教の影響か。

目立つ登場人物は他に、石田三成、島左近、黒田官兵衛など。このような本を読んでから古戦場を訪れるのも楽しいだろう。

2011-09-06

キラレ×キラレ, 森博嗣

講談社文庫
2011-09-05 読了

ミステリィなんだろうが、なぞ解きの楽しみとともに、もっと大枠のストーリィがどうなるかも非常に楽しみだ。
そのためには発表順に読む必要がある。森博嗣のWEBでは、
基本的に、著作はその一冊で完結するもので
と記しているが。

2011-09-03

科学的とはどういう意味か, 森博嗣

幻冬舎新書
2011-09-03 読了

タイトル通り、「科学」とはどういうものか、説明されている。

しかしながら、そのことと同程度、あるいはそれ以上に重点が置かれている(と感じた)ものは、教育についてだ。

著者によると、一般向けの科学の本や記事は、いかにして「科学は楽しいものか」をアピールして、興味を持ってもらおうとしている、という。この本では(著者いわく)意図的にそういう路線は取らず、等身大の科学、その営みを解説している。

3月の東日本大震災を受けて、それに関する記述が増えたとのことだが、たしかに、科学から目を背け続けていると、自身の生命にも関わることになる。10mの防潮堤があって、予想される津波の高さが3mというから大丈夫と思った、という被災者のコメントを聞いたことがある。また、本書にもあるとおり、福島第一原発の事故後、各地で測定した放射線量の値は数字で発表されているのに、テレビのコメンテーター等が「はっきりと示してほしい」と言っていたそうだ。

多くの人の関心は、自分のいる場所が危険なのかどうか、ということだろうと思うが、原発にしても自然災害にしても、少し考えてみれば1か0か白黒つけられるものではそもそもないし、様々な状況、データを勘案して、最終的には各自が判断するしかない。難しい(と感じる)ものはやはりなかなか調べる気も起こらないが、最悪、自分の命に関わることを、他人(国、自治体、近所の人、マスコミ? etc.)の判断にまかせるのはやはり異常だと思う。

そうならないために、「超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか」に書かれていたように「災害を正しく恐れる」ためにも、科学的・定量的な思考に普段から慣れておく必要がある。また、少しでも多くの方が、そのような考え方に慣れていただくための方法(教育)も重要だ。

引用したい箇所がいくつもあった。しかし、こういう良い本はなんども読みなおせばよい。

2011-08-29

馬上少年過ぐ, 司馬遼太郎

新潮文庫
2011-08-29 読了 (2回目?)

表題作を含む短編集。著名な人物やそうでない人物がモデルとして取り上げられている。

特に印象に残っているのが、
  • 河井継之助 (「英雄児」)
  • 伊達政宗 (「馬上少年過ぐ」)
  • 山田文庵 (作中は山田重庵;「重庵の転々」)
  • 脇坂安治 (「貂の皮」)
である。

河井継之助は、長編の「峠」でも主人公となっている(らしい)のでそのうち読みたいが、本作でも十分に存在感を示している。以前、長岡に行った時 、河井継之助の生家跡に記念館があり、時間がなくて入ることができなかったが、そのそばで当時の雰囲気を想像した。地元では慕われているだろうか?

伊達政宗は超有名人だが、父親や弟を自らの手で殺したといわれるなど、戦国時代だけあり、一筋縄ではいかない。

その分家の宇和島藩のさらに支藩の伊予吉田藩が舞台の「重庵の転々」。小説なのでどこまで本当かわからないが、素性も定かでない者が主にとりいり、立身していく様は、「国盗り物語」の斉藤道三のようだ。

播州竜野で脇坂氏が幕末まで続いたというのはこの話で知ったことだが、脇坂安治は有名な「賤ヶ岳の7本槍」の1人だそうだ。秀吉系の大名は福島正則や加藤清正など改易されているが、7本槍のなかではただ一人、脇坂家だけが大名で残ったそうだ。

それぞれ趣があり、楽しい。

2011-08-27

ヨッパ谷への降下 自選ファンタジー傑作集, 筒井康隆

新潮文庫
2011-08-27 読了 (2回目?)

本当は「エロチック街道」という短編集が欲しいのだが、現在廃盤で、出版社の都合か、困ったことに傑作集とか銘打って、短編を別の組み合わせで出版してしまっている。それしか手に入らないのでしかたなく買うわけだが。

これはポピュラー音楽に例えると、オリジナルアルバムは廃盤で手に入らないが、複数のアルバムから集めてきたベスト盤だけ生きている、という感じか。私は音楽ではオリジナル至上主義者(原理主義?)で、iPodで音楽を聴くときも必ずアルバム単位でしか聴かない。シャッフル機能など使ったことがない。なのでめったなことではベスト盤は買わない。たいていの場合、ベスト盤というのはアーティストが作りたくて作るものではなく、レコード会社が元手をかけずに甘い汁をすするために勝手に企画するもの、という認識だ。だから、ときたま、レコード会社が勝手に発売した商品を買わないよう、アーティスト側が呼び掛ける、といった騒動が起こる。

音楽業界のことはこの本には関係ないが、どの作品も、世界観がしっかりと作られているというか、虚構なのに嘘っぽさが感じられないというか、異なる世界を旅する感覚、といえば言い過ぎかもしれないが、そんな気分を味わえる気がする。

「九死虫」という、8回までは死んでも蘇る虫の話。死を複数回経験できるからこそ生と死への洞察が深い。死を1度しか経験しないのは幸せかもしれない。

2011-08-23

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか 検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ, 吉田典史 (週刊ダイヤモンド)

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか
検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ


2011年8月23日 週刊ダイヤモンドオンラインの記事。杏林大学准教授・高木徹也氏(法医学)の話。

「海や川、プールなどで亡くなる溺死とは、遺体の状況が違った。これら狭義の意味での溺死は、気道に大量の水が一気に入り込み、呼吸ができなくなり、死亡する。今回の場合は、9割以上が津波による溺死ではあるが、それに複合的な要因が重なり、亡くなったと診断できるものだった」

その複合的な要因とは、主に次の4つのものだという。これらの要因のうち、いずれかがほぼ全ての遺体に見られた。高木氏は検死の際、遺体がこれらのうちどれに該当するかを診ていく。

1つは、胸部圧迫による死亡。圧迫を与えたものとして考えられ得るのは、たとえば船や車、家、がれき、さらに押し寄せる波の水圧など。これらが胸や腹部に時速数十キロのスピードで当たり、呼吸ができなくなった可能性がある。

2つめは、一気に大量の水を飲み込むことでの窒息。3つめは、いわゆる凍死。当日、津波に襲われた後、冷たい波の中で木などにつかまり救援を待ったが、寒さで体温が下がり、息を引き取った例がこれに該当する。

4つめは外圧によるもの、たとえばがれきが頭に当たり、脳挫傷などになり死亡したことが考えられる。

遺体にまつわる話は、タブー視されている傾向がある。震災から数ヵ月が経つにもかかわらず、津波に巻き込まれた遺体はどうなっているのかなど、踏み込んだ記事はほとんどない。

実際に人の命を守るためにはこのような知見が非常に重要だ。
被害を知ることで対策が立てられる。亡くなられた方々の死因をきちんと調べることで、防災に役立つ知見が得られる。

2011-08-21

新選組遺聞, 子母澤寛

中公文庫
2011-08-21 読了 (2回目?)

新選組始末記につづく、子母澤寛の小説というか記録集。というのも、なるべく元記録を忠実に記録する意図からか、書簡などは純粋な漢文や返り点つき漢文、かな混じり文などのままの資料がたくさん掲載されている。また伊東甲子太郎の歌集なども掲載されている。ただそのような文を読み慣れない私のようなものはやや辛い。

逆にこの巻で特徴的なのは、全体の1/3近くを占める、八木為三郎氏の聞きとり録。氏は新選組となる浪士達に最初の宿所を提供した八木家の子供だった方。章としては「壬生屋敷」「池田屋斬込前後」の2つ。芹沢鴨の暗殺の時には、氏が寝ていた部屋に芹沢が倒れこんで最後をむかえた、そして氏も軽い切り傷を負った、とか凄まじい話が多い。一方で、厳粛な隊規の印象とは異なり、隊士達と日常的に親しく接していたなど、非常に興味深い。

それにしても新選組が活躍した期間は実質5年間くらいで、この間に「幕末」が濃縮されているが、機が熟せば5年間で一気に政体がひっくり返ってしまうということも驚きだ。

現代のどこかの政党は「平成の維新」などと格好をつけていたが、この交通・情報伝達手段の発達した現代において、一向に、何かが改善されたという感じがしないのも、すごい話だ。そろそろ「仮免」は卒業しただろうか。

2011-08-19

グロテスク, 桐野夏生

文春文庫 (上)(下)
2011-08-15 読了

主人公(?)の語りで物語が進行していく。どの登場人物も異常というかそうとう変りものなので、姉の話がまともで、語りのせいもあり、客観的に事実を述べているように感じる。寒々とした進行は迫力すら感じる。

それでも「グロテスク」というほかない思考回路。

推理小説ではないので、主人公が誰に語っているとか、事実はどうだとかのなぞ解きはない。また、最後のほうはハチャメチャなストーリ展開で、一気に真実味がなくなるのが???それがこの作者の持ち味かもしれない。

2011-08-14

幕末, 司馬遼太郎

文春文庫
2011-08-13 読了 (2回目?)

幕末の12の暗殺事件をとりあげた、ということだが、「逃げの小五郎」「彰義隊胸算用」などは明治後も生き残った桂小五郎(木戸孝允)や渋沢成一郎(渋沢栄一の従兄)の話で、純粋に暗殺事件ではない。また、3編に昭和14年まで生きた田中顕助が出ている。というわけでカラーはそれぞれの話で異なる。

やはり「桜田門外の変」は重厚で、読後感も他のものとは違う。作者自身、本編の中で
ただ、暗殺という行為は、史上前進的な結果を生んだことは絶無といっていいが、この変だけは例外といえる。明治維新を肯定するとすれば、それはこの桜田門外からはじまる。斬られた井伊直弼は、その最も重大な歴史的役割を、斬られたことによって果たした。
と記している。

2011-08-07

侍はこわい, 司馬遼太郎

光文社文庫
2011-08-07 読了 (2回目?)

戦国から幕末にかけての短編集。本のタイトルはこの作品の7編目の題名からとられているようだが、必ずしもすべての作品が侍に関係しているわけではない。しかしどの作品も、最後にきらりとしたオチがついていて、楽しい。とくに「忍者四貫目の死」は推理小説的でもある。

この本に限らないが、時代小説を読んでいると、本当かなと思うことをついついインターネットで調べたくなる。たいていのものは wikipedia などに解説があり、今度はそちらを読みふけってしまうという、困った状況になるが、それもまた楽しい。

2011-08-06

酔って候, 司馬遼太郎

文春文庫
2011-08-06 読了 (2回目?)

最近、幕末に再度はまり気味。これは山内容堂、島津久光、伊達宗城、鍋島閑叟の4人の大名をそれぞれ短編で描いた作品集。とはいえ伊達宗城の編「伊達の黒船」は、船に載せる蒸気機関を作った職人・嘉蔵がメイン。今から見ると日本の地方都市はかなり画一化・過疎が進んでいるが、当時はそれぞれ独自の道を模索し、トップダウンで先進的な事業に取り組んだりしていたということがわかる。

この中では肥前だけ行ったことがないが、現在ならではの、地方に活気を得るための方法はないものか、と思う。もちろん私なんぞが気にしなくても、それぞれの都市では真剣に検討されているだろうが。

これら(といってもこの中では伊達宗城、鍋島閑叟だが)開明的な大名にならって、外に目を向けたり、科学技術に投資する機運がもっともっと高まればよいが。

2011-07-31

最後の将軍, 司馬遼太郎

文春文庫
2011-07-31 読了 (2回目?)

中学あたりの歴史の授業では、15代将軍徳川慶喜が大政奉還をした、ということは習うが、その在職がわずか1年程度だとか、その間ずっと江戸でなく京都・大阪にいた、ということは知らなかった。幕末の小説(殆ど司馬遼太郎だが)をいくつか読んで、おぼろげに知っただけだった。

この小説を読んで、慶喜が水戸烈公斉昭の子ということ、大正2年まで生きたこと、などをあらたに知った。小説は、どうしても主役に移入してしまうので、坂本龍馬などの本を読めば反幕府体制側びいきになるが、慶喜や新撰組(だいぶ次元が違うが)の本を読むと、滅びる側と言うか、義経にも通じる感覚で、幕府の方を持ちたくなる時もある。慶喜は、結果的には幕引き係で、実際のところは分からないが、それを本人も悟っていたのかもしれない。

2011-07-30

竜馬がゆく, 司馬遼太郎

文春文庫 (1) - (8)
2011-07-30 読了 (3回目?)

何度読んでも引き込まれる。独創的というのはこういうことを言うのだという見本。道を切り開いた人は本当に素晴らしい。

世に生を得るは、事をなすにあり
という言葉が何度か出てくる。これが本当に竜馬の言葉かどうかはわからないが、この小説全体を貫くテーマとなっている気がする。

坂本竜馬は何度もNHKの大河ドラマなどに取り上げられていて、そのたびに高知では観光客を呼び込もうとするようだが、彼の活躍の舞台は江戸、京、兵庫(神戸)、長崎など、ほとんど県外だ。

おりょうと竜馬が訪れたという塩浸温泉は、司馬氏が訪れたときには地元の人も知らないような場所だったようだが、「竜馬ブーム」のおかげでいまや立派な温泉施設ができているようだ。

2011-07-17

津波災害 減災社会を築く, 河田惠昭

岩波新書
2011-07-17 読了

始めのほうを読んだだけでも、なぜ津波高が0.5mや1mでも津波は恐ろしいのか、ということが分かった気になる。3/11の津波災害よりも前に書かれた本だが、世界中の災害を調査してきた経験から、漂流物による建物の破損とか、養殖いかだの被災などについても言及されている。防災は科学技術・政策・地域社会などで総合的に対策をとる必要がある、ということがよくわかる。

しかし土地利用などの対策をとっても、それがために街が寂れていくという可能性もあり、非常に難しい問題だ。

2011-07-15

ソーラー発電による温暖化・ヒートアイランド化の懸念

いわゆる再生可能エネルギーも、必ずしも環境に優しいわけではない。こちらの記事に分かりやすくまとまっている。

なかでも最近、某社の社長が熱心に推進しようとしているメガソーラー。上記の記事によると

順調に行けば年間740万kWhのエネルギーを産み出す、怪物級の太陽光発電施設だ。これは菅直人首相が止めた浜岡の5号基の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)の5時間半分である。浜岡原子力発電所全体では小1時間ぐらいで、この国内最大のメガソーラー1年分の電力を生み出すことができる。

という非力さ。本気でこれで原発の肩代わりをさせようと思ったら、いったいどれだけの面積をソーラーパネルで覆い尽くさなければならないのか。

もし本当にそのようなことをしたら、上記の記事で触れられているものだけでなく、地球温暖化、もしくはヒートアイランド化に相当貢献しそうだ。

というのも、太陽光は光だけでなく熱も地表にもたらしているが、白っぽい地表面では、多くの光は反射してしまうので、熱もそれほど地面に残らない。しかしながら、ソーラーパネルでは、光エネルギーを集めるために、黒っぽい色になっている。すると、発電には直接寄与していない熱まで吸収してしまう。その熱は最終的には空気を暖めるのに使われる。

都市では、ヒートアイランド現象を少しでも緩和するために、ビルの屋上に緑地を作ってみたりとけなげな努力をしているが、メガソーラーはそのような努力を一気に無にするどころか、その地域の気温上昇に確実に貢献すると思われる。

もちろん、原発事故で住めなくなる地域が出てしまうのは非常に問題だが、だからといって「自然エネルギー」(原子力も自然エネルギーだが)に欠点がないわけではない。結局、なにか一つの方法ですべてが解決することはなく、バランスが大事ということだろう。

2011-06-26

超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか, 大木聖子, 纐纈一起

NHK出版新書
2011-06-26 読了

この本は2人の共著ということだが、あとがきによると、第4章以外は大木氏が執筆したとある。地震のその時感じたこと、悔悟、などの著者自身の思いが非常にダイレクトに伝わる。

地震・津波の基礎知識も分かりやすく、かつ簡潔にまとまっているが、ただの地震学の解説書ではないところとして、序章に「ドキュメント3.11」として地震当日の著者自身の対応、第5章で防災教育の重要性が、具体的な取り組みとともに記載されているところが目を引く。その意味では、本書のタイトルも違うもののほうが良かったかも知れない。

下記は第5章の引用文献。

ネットを検索していたら、このような会議が開かれていることを知った。直接は本書に関係ないが、メモとして。

2011-06-24

新選組始末記, 子母澤寛

中公文庫
2011-06-24 読了 (2回目?)

勢いでこちらも再読。しかしこれは小説というより、資料・回想録集という感じで、手紙などは原文のままなのか、一部読み下しもあるが漢文の候文で、非常に読みづらい。ただ作者は異なる証言がある場合などもできるだけ客観的に検討し、妥当と思われる説を採用するなど、歴史の検証が第一という感じだ。その点、司馬遼太郎の小説は読みやすいが、かなり作者の創作が多いと思われるのと対照的だ。

2011-06-23

ガラパゴス化マスメディア

国内メーカが作る携帯電話が、日本独自仕様で進化している様子を指して「ガラパゴス化ケータイ」「ガラケー」などと呼ばれている。

しかし、そのように呼んでいる日本の新聞・テレビ局などのマスメディアは、進化というかどうか不明だが(むしろ退化か)、内にこもって、規制・慣習・言語にも守られて独自の世界に安住している。ある意味で最もガラパゴス化している業界の一つではないか。当然、世界に打って出ることはないので、日本の世代構成に合わせた番組づくり(すなわち高年齢層向け)がどんどん進んでいく。タレントやキャスターも、高年齢層に馴染みのある人(みのもんた、島田紳助、ダウンタウン etc.)が何十年もずーっと出続ける一方で、若いタレント・芸人などはどんどん使い捨てられていく。まさに日本の縮図。

別に、見なければ良いので、個人的には問題はないが、多くの人が影響を受けて「世論」が作られるのでやっかいだ。結論はない。

2011-06-19

新選組血風録, 司馬遼太郎

2011-06-18 読了 (2回目?)

短編集。どの話でもほぼ必ず死人が出る。個性豊かな登場人物達のそのような異常な日常を、おかしみも交えた独特の筆致で描く。というか私の貧弱な語彙では表現できない。
最近BSで放送しているらしい。久しぶりに読んだら(前回はおそらく5年以上前)、主題くらいは記憶にあるものもあったが、筋などはほとんど忘れていて新鮮に読めた。また時代物にはまりそうだ。

2011-06-04

国会採決欠席議員は有権者の負託を無視しているのでは

6月2日に、菅内閣に対する内閣不信任決議案が反対多数で否決された。こんなときにこんなことをやっていることの是非は私が書くまでもなくいろんな人が意見を表明している。

今回気になったのが、小沢一郎ら複数の議員が採決を欠席・棄権したということ。国会議員は有権者である国民の選挙で選ばれている。そのため、少なくとも彼らに投票した人、広くは彼らの選挙区の全住民を代表して行動すべきであるはずである。しかしながら国民の負託を受けた議員が、その権利を棄権するなどあって良いことだろうか。少なくともまともな有権者なら、そのような身勝手な行動をした議員を次の選挙で信任すべきでないと思う。

欠席者・棄権者が調べたいと思っているが、その一次情報はどこだろうか。

2011-05-29

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く, 藻谷浩介

角川oneテーマ21 (新書)
2011-05-18 頃読了

よく経済には「景気の波」があるなどという空をつかむような話がされるが(それはそれで、複雑系だからいろんな変動が出るとは思うが)、この本は人口、課税所得、小売販売額といった、生活感覚に即した、かつ、推定でなく全数実測値のある指標から、内需不振の原因が生産年齢人口の減少にあると主張している。

私も以前、生産年齢人口について述べたことがあるが、私の見方はまだまだ生易しく、首都圏ですら、生産年齢人口がどんどん減少しているということに衝撃をうけた。そりゃ車に乗れる人が減っているのだから自動車など売れなくなるのも当たり前だ。

著者はしかし解決策も提示する。移民の受け入れや「少子化」対策をやっても、数百万人単位で生産年齢人口が減り続けているのを補うには焼け石に水で、
  1. 高齢富裕層から若者への所得移転
  2. 女性の就労増加
  3. 外国人観光客の受け入れ増加
を提案している。2,3はなかなか時間がかかりそうだが、1は生前贈与を促すように税制を変更するだけなので、政治が決断するだけですぐに実行できる。

問題は「少子高齢化」ではなく「生産年齢人口減少」
著者の言うとおり、問題を正しく認識しなければ、問題解決はおぼつかない。子供手当のまえに(それすらできていないのだが)やるべきことはたくさんある。

2011-04-03

不道徳な経済学 擁護できないものを擁護する, ウォルター・ブロック (著), 橘玲 (訳・文)

Defending The Undefendable, Walter Block
講談社+α文庫
2011-04-03 読了

リバタリアンという立場から、現在の社会・法律では違法・不道徳とされている人々を擁護する。私の理解によると、「私的財産権」「表現の自由」を何よりも重視する立場のようだ。そのため、税金が「国家による収奪」となるなど、多くの人にとって過激な思想にもうつる。

本書で紹介されている多くの例は、確かにその通り、と納得できるが、一部は、やはり私が「道徳」に汚染されているためか、抵抗のあるものもある。
  • 恐喝者
  • 満員の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴
裏表紙に「超訳」とあるが、確かに原著を逐語的に日本語になおしたものではない。出てくる例も「ホリエモン」「2ちゃんねらー」など、日本に住む人からみて身近な例に置き換えられ、文体自体もかなり意訳されているようで、いつもの橘玲節かと思うほどに読みやすい。

一般に「リバタリアン」の思想が知られていない現状を考えてか、橘玲が書いた「はじめてのリバタリアニズム」が導入として冒頭に置かれている。これもよい配慮だと思う。その一部分が著者のサイトで公開されている。

2011-03-21

Dan Ariely asks, Are we in control of our own decisions?

例えば、示される選択肢によって、我々は自身の選択を変えてしまう。

これは非常に興味深い。同時に、とても怖い。

プレゼン技術も素晴らしい。動画はこちら

省エネルギー(計画停電)について思うこと

地震・津波で被害を受けられた皆様にお見舞い申し上げます。

3月11日の超巨大地震とその津波の被害によって、多くの発電所が停止に追い込まれた影響で、東京電力と東北電力の供給地域では「計画停電」が実施されている。

一部の論客は、計画停電をするより、経済学の需要と供給の原理を働かせて、需要よりも供給が足りないのなら料金を値上げすれば、それに応じて需要は減る、という主張をしている(例えば、こちらこちら)。日本社会では値上げは「弱者いじめ」になるので、平時ならともかく、国難とも言われる時に、値上げなど言い出すだけで大バッシングが起こるだろう。

ということで、(実現可能性はともかく)別の策もないものかと考えてみる。

現在のテクノロジーをもってすれば、今にも簡単にできそうなことであるが、在宅勤務を大々的に普及すれば、通勤にかかるエネルギーを節約することができるので、非常に効果があると思われる。

私も何度か電車通勤を経験したことがあるが、毎日毎日、とんでもない人数の人々を運ぶためのエネルギーたるや、相当なものだろう。加えて、そのための時間も無駄である(通勤時間中に読書などするから無駄ではない、というかもしれないが、もし通勤時間が必要なければもっと他のこともすることが可能になるので、消極的な選択に過ぎない)。これが節約できるだけで、相当な省エネルギーになるはずだ。

また、今は災害の報道でなりを潜めているだけだろうが、「低炭素社会」などと言って地球温暖化を防ごうという、根拠があまりないことに、限りある財政支出をまわしている。これだけの人的被害が地震と津波によってもたらされているのに、例えば学校の耐震化よりも、被害も良く分からない温暖化対策に予算をまわすなど、全く無駄ではないか。もちろん、科学的に研究することは必要だと思うが、それを理由に、全国の事業所にエネルギー使用量を毎年1%削減することを義務付ける、とか、余計な規制をかけるのは、ナンセンスだろう。(こちらも、電気料金を値上げするなどの方が、使用量を削減するインセンティブを与えられる気がする)

日本では、東海・紀伊半島・四国沖での巨大地震も、今後数10年のうちにほぼ確実に発生する(例えばこちら)。温暖化するかどうか分からず、仮に温暖化したとしてもどのような被害がでるかよく分からないものに、限りある資源を振り向けている場合だろうか。

ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質 (上)(下), ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)

The Black Swan, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了

「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。

取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。

「無知の知」だけでなく「不可知の知」

徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)

それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。

また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。

あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。

マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。

著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。

とても稀な事象の確率は計算できない。でも、そういう事象が起こったときに私たちに及ぶ影響なら、かなり簡単に見極められる。

文庫で出てくれないかな。

2011-02-20

世代間闘争、あるいは新聞の活字がどんどん大きくなることについて

新聞は競うようにして活字を大きくしている。これはもちろん、購読者数の大半を占める高齢者に対するサービスだ。

新聞購読者の年齢構成に関する直接のデータではないが、日本全体の人口の推移を見れば、日本の新聞を購読する可能性のある人数の推移が分かる。

総務省統計局「日本の統計2010」によると、年少人口 (14歳以下)、生産年齢人口 (15〜64歳)、老年人口 (65歳以上) の推移は以下のようになっている。

年少人口生産年齢人口老年人口
昭和60年 (1985)26,033 (21.5%)82,506 (68.2%)12,468 (10.3%)
平成17年 (2005)17,521 (13.7%)84,092 (65.8%)25,672 (20.1%)
(単位: 千人)

このように、1985年から2005年の20年間で14歳以下の子供の割合が3分の2に減る一方で、65歳以上の割合が倍に増えている。このような年齢構成のドラスティックな変化に基づけば、新聞が対象とする読者の年齢層をどんどん引き上げるのは理にかなっている。このような読者の年齢構成の変化はなにも活字の大きさだけに影響しているわけではあるまい。当然ながら、扱う記事やその論調も、主たる読者である高齢者層に気に入ってもらえるようなものが多くなるバイアスがかかるはずだ。(例: 比較的低年齢層にはサッカーファンが増えてきているが、相変わらずスポーツ面の主役は日本の野球; 外国といえばアメリカ (アメリカのこととなると、小浜市がオバマ大統領を応援する、とか、そんな小ネタまで報道するのに、その他の海外の記事は非常に少なく、最近のエジプトなどの政変についても、Reuters, APなどを引用した記事が多い); など)

昨今、「若者の○○な気質」「若者の○○離れ」などという論調を耳にすることが多いが(この論調自体、主たる購読者である老齢者目線になっている)、それらの多くのものが、上のような年齢構成の変化を考えれば、説明がつくことが多い。

例えば「若者の自動車離れ」ということがまことしやかに語られている。確かに、自動車の販売数などを見れば、若い人で車に乗る人の割合が減っているのだろう。しかし、このことから短絡的に、「若者の自動車離れは若者の考え方・好みの変化の結果」などと原因を決め付けてはいけないと思う。

上記の統計は日本全国の集計結果であるので、地方によっては、これよりさらに急激に若年人口の減少・老齢人口の増加が進んでいるところがあるだろう。実際、多くの地方では、過疎化・高齢化が進んでいる。裏を返せば若い人がどんどん減っているのだ。ただし全国平均よりも早く若年人口が減る地方もあれば、それよりゆっくりなところもある。想像するに、そのように過疎化・高齢化が進んでいるのは、自動車の必要性が高い田舎で、逆に車の必要性が高くない都市部では、相対的に若年層の割合の減少は少ないと思われる。すなわち、「若者の自動車離れ」は、考え方・好みの変化が根本原因ではなく、おそらく、住む場所を含むライフスタイルそのものが変化してきており、そのために車を持たなくてもよいと考える人の割合が増えてきたことの結果として出てきていることなのではないかと思う。

さて以上は長い前フリ。ここで考えたいのは、新聞社や自動車販売会社の経営不振の問題ではなく、今の日本の、特に若年層にある、将来に対する閉塞感、政治に対する諦め、といったものをどうすれば打開できるか、もしくは、それに近づけることができるか、ということである。

でいきなり余談だが、一介のサラリーマンである私は、先日配布された給与所得の源泉徴収票を見て愕然とした。それは、年収のうち、税金と社会保険料で差し引かれた額があまりに大きいからだ。別に累進課税の率が高い高額所得者ではないので所得税額に驚いたわけではなく、所得税額の倍以上の額が社会保険料として徴収されていて、その額の大きさに愕然としたわけだ。特に年金に対する支払は、年々料率が増えていっているのに、今高齢者が受給している額よりも少ない金額しかもらえないことがほぼ確定しているので、できることなら全国民でごっちゃにするのでなく、全額を個人勘定で運用させてもらいたいところだ。

このように年金に代表される多くの問題で、世代間での利益の対立がある。しかしながら、国権の最高機関たる国会の議員は、圧倒的に「お年寄り」が多い。これは当然ながら、上記の年齢構成が反映された結果だが、それにも増して高齢者の割合が多い気がする。これはおそらく、選挙制度の影響だと思われる。すなわち、年齢構成はただでさえ高齢者人口が多いのに、国政選挙は、全国を複数の選挙区に分けて行われるので、どの選挙区でも高齢者の有権者が多く、有権者が自分の歳と近い年代の候補者をより好むと仮定すると、結果的に、国会議員は P(y) = y^2 (y は年齢) のような、年寄りほど増え方が増えるような分布をするのではないか。

老人対若者という対立軸でみると、これらの議員たちは、より多くの票を入れてもらわないと当選できないわけだから、新聞と同様、マジョリティである高齢者に支持されるような政策(高齢者健康保険制度を見直す、消費税率は上げない、年金受給世代の金額は減らさない)を支持するバイアスを持つ。これでは、世代間の格差は縮まるどころか、拡大する方向にしか進まない。

それでなくても、そもそも政治というものは、国・地方の将来のための仕事なのに、70歳を超えたような老人ばかりが議員になって、将来のことなど真剣に考えてくれるのかはなはだ疑問だ。

そのような弊害を少しでも減らしていくためには、
  1. 地域毎に選挙区を分けるのでなく、世代毎に選挙区を分ける
  2. 議員も特殊な公務員なのだから、60歳程度で定年を設けるべき
  3. とにかく若い候補者に投票する。若くないと、本気で将来のことを考えない
というものを提案したい。

ついでに議員の世襲を減らすために、
  • 政治資金団体を介した贈与・相続にもきちんと課税する
というものも加えたい。というのも、こちらで解説されているように、 政治家(立候補すればよい?)にはとんでもない節税スキームが用意されているらしいから。

もちろん、議員が若返っても、それだけでは問題が解決するわけではないし、「閉塞感」などというものが解消されるとも思わないが、今よりは何かが進みそうな気がする、ということを感じさせてくれるだけでもだいぶ変わるかもしれない。

とはいえ、選挙制度や税制を決めることができるのは彼ら国会議員なわけだから、候補者が選挙期間中だけ連呼する「抜本的な改革」は、年齢構成が「抜本的に変わる」はずの20〜30年後にならないと無理かもしれない。となると、その頃には政府の債務残高と国債の長期金利はいったいどうなっているだろうか。

個人でいろいろな選択肢を持っておくこと・持てるように努力することの重要性はますます高まりそうだ。

2011-02-16

貧乏はお金持ち, 橘玲

講談社
2011-02-16 読了
図書館

そもそもの設定(サラリーマンが法人化する)が唐突だ(もし本当に会社勤めの人が法人化したとして、もとの勤め先の会社が、新規法人と業務請負契約を結んでくれるか?)が、様々なテクニック、知識を教えてくれるという意味では、非常にとっつきやすい。

サラリーマンにはあまりなじみのない法人について個人との税法上の違い、会社の種類、会社の作り方、会計・簿記の基礎などなど、いつもながらに充実した情報が得られる。この知識が役立つかどうかは分からないが、ものの見方が広がる。縄文時代の歴史や漢文などを教える時間があるなら、資本主義の根幹を成す会社やファイナンスについて教えることが何倍も重要だと思う。

「減価償却」の考え方が分かりやすかった。
減価償却は、年数とともに価値が減価する資産を購入した際の会計上の扱い
現預金が500万あって、それを使って300万の車を買った場合、BSの資産の部は現預金200万と固定資産(車)300万になるだけ。キャッシュフロー上は300万の支出だが、資産としては変わらない。しかし普通自動車の法定耐用年数は6年だから、300万の営業車の会計上の価値は毎年50万ずつ減価していく。これは会計上の経費とみなされるが、すでに代金は払い済みだから、翌年以降のキャッシュフローにはまったく影響なし。初年度の300万の支出を6年かけて費用化する。

2011-02-07

Googleの正体, 牧野武文

マイコミ新書
2011-02-07 読了
図書館

Googleの収益構造に着目し、なぜGoogleが一見利益になりそうにない新しい無料のサービスを次々と開発していくか、の合理的な解説が目玉。

エッセンスは、Googleは検索広告がほとんどの売り上げで、それは検索回数にほぼリンクしているので、その検索回数を稼ぐための方策として、各種無料サービス、無料ソフト、Androidなどを開発している、というものだ。その中にはインターネットを普及させ、利用者を増やす、という考えも含まれる。これは確かに合理的な説明だ。

Googleのサービスにどっぷり使っている身としては、まさに電気や水道などのインフラと同様になくてはならないものだ。実際、数年前、日本時間の平日昼間にGoogleが一時的に使えなくなったことがあったが、その間非常に不便な思いをさせられた。Googleだけに依存するのはリスク集中の観点からも望ましくないが、なかなか難しい。それとともに、当然プライバシーの問題もある。Gmailも最初に使ったときは、メールの文面に関係する広告が表示されたのを見てびっくりしたが、慣れてしまった(慣らされてしまった?)。

未来永劫 Google の天下は続かないと思うが、そうでなくても、リスク分散は必要だ。

2011-02-06

ネットがあれば履歴書はいらない ウェブ時代のセルフブランディング術, 佐々木俊尚

宝島社新書
2011-02-06 読了

個人版SEOとでもいえる内容。タイトルどおり、ネット上に自分を露出し、他の人に自分の得意分野・考え方などを知ってもらうということ。

セルフブランディングの入り口として Twitter が効果的なようだ (私は使っていないが)。ゆえに1章まるまるを Twitter の有用な使い方にあてている。全然知らなかったが、RTは公式サイトの機能には無いそうだ。

しかし、如何にこれらのツールを使いこなしても、本人の中身(情報提供の中身)がなければ仕方が無い。

  • ポジティブなエゴサーチ
  • プライバシーの概念は時代によっても移り変わる。個人情報を提供することで利益を受けることもある (e.g., Amazonリコメンド, 症状を公開することでアドバイスが得られる, etc.)
  • 価格比較サイト coneco.net の専門家社員にはネットで情報発信していた人がいる
  • 役立つwebサービス: Gmail, blog, SBIビジネス, friendfeed, twitter, tumblr, Tombloo (firefox の拡張)
  • mixiは教室内の会話, blogは講演会場, twitterはパーティ形式の立食会 (原文ママ: 「立食形式のパーティ」か?)

スティーブ・ジョブズの流儀, リーアンダー・ケイニー

INSIDE STEVE'S BRAIN, Leander Kahney
三木俊哉 (訳)
ランダムハウス講談社
2011-02-06 読了

Apple の製品づくりの一端が伺える興味深い本。Steve Jobs のデザインにかけるこだわりの強烈さ、それを実現できる能力を持ったスタッフ(必要であれば外部に人材を求める)。

印象深いのは
複雑なものをシンプルに
ということ。世の中には難しい物事がたくさんある。例えば電話のように、それを実現するテクノロジーは殆どの人が理解していないが、誰でも使えるというものがある。コンピュータはまだまだ「誰でも使える」レベルではないが、マスマーケットにreachするためには、誰にでも使えないといけない。オタク向けでは「大ヒット」にはならない。これは難しいが、示唆に富む。

各章の最後に、Steve Jobs に学ぶ教訓がまとめられている。成功者のまねをしたからといって成功できるとは限らないが、非常に感銘を受ける。またなかなか真似できないだろうとも思う。

2011-02-03

グーグル Google 既存のビジネスを破壊する, 佐々木俊尚

文春文庫
2011-02-03 読了
図書館

2006年に出版された本なので、Facebook の F の字も出てこないが、Google の強力な収益源である「キーワード広告」の革命性や「Google八分」、ネットの司祭ともいうべき権力的な存在になってきていることを指摘している。その構造は今も変わっていないだろう。

著者は、ユーザがGoogleなどの検索エンジンを使うようになれば、そのwebページの重要度が人間ではなくアルゴリズムで測定されるため、マスメディアなど従来からの情報の権威と、個人bloggerとの格差が縮まりフラット化する、と述べている。今はそうなっているだろうか。「ロングテール」など、多様化の恩恵が大きいと感じるが、それは個人個人の求める情報が異なり、ある人にとっては、総理大臣の発言よりも、(新聞などには載っていない)おいしいレストランの情報や、PCのパーツ情報の方が重要ということの反映だろう。そういう従来メディアではレア(マイナーですらない)な情報も、検索エンジンのおかげで、ある程度到達するのが容易になったということだろう。(このblogのように殆どreachされないページも星の数ほどあるだろうが...)

最後に述べられている、Googleが「環境管理型権力」というものになっている、という話は怖いことだ。

関係ないが、Facebook などの SNS は、自分で情報の公開範囲を制限できるので、うっかりすると Internet 上に個人情報を置いているという意識が希薄になることがある。確かに、一般には公開されていなくても、他人のサーバの上に自分の情報を置いている、ということを常に意識する必要がある。

2011-02-01

坊っちゃん, 夏目漱石

青空文庫
2011-02-01 読了

おそらく20年ぶりくらいに読んだ。覚えていたことといえば、せいぜい、東京から松山へ「坊ちゃん」が赴任していろいろな事件に遭遇する、という大枠だけだった。

しかしこれほどジメジメとした「奸物」の「謀事」が話の中心だとは全く記憶になかった。「坊ちゃん」と「山嵐」は天誅ののち、あっさりと教職を辞してそれぞれ郷里に戻ってしまう。

文体は江戸っ子らしく(?)カラッとしていて歯切れがよい。終わりがあっさりし過ぎているところも淡白でよい。

(2011-02-04 追記)
ちなみに青空文庫の本は青空キンドルを利用してPDFに変換し、iTunes に登録して iPod Touch の iBooks というアプリで読んだ。電車の中や、暗いところなど、ちょっとした時間に読めて便利。

2011-01-30

スノーボール, アリスシュローダー

Alice Schroeder, The Snowball: Warren Buffett and the Business of Life
伏見威蕃
日本経済新聞出版社

「上」「下」合わせて1,200ページを超える分量。それでいて原注は本にはついておらず、出版社のwebpageからPDFをダウンロードするという形式。図書館で借りて読んだが、1度(1回につき2週間借りられる)では「上」の途中までしか読めなかった。一度返して再度「上」「下」を借り、さらに2週間後に「下」だけを再度借りてようやく読み終えた。著者は準備・執筆に5年をかけたという。

Warren Buffett は偉大な投資家と言われているが、結構直接経営にも乗り出している (自身の会社 Berkshire Hathaway を除いて)。

安く買わなければ儲けられない。当たり前だが、それを実践するためには本質的な価値を見極める必要がある。株式は価格が変動してリスキーだが、本来の価値を見積もることで、可能性のある下振れの幅を極限まで小さくすることができる。とはいえ凡人には真似ができない。「オマハの賢人」と言われる所以か。

著者は、「サブプライムローン問題」と呼ばれている金融危機の本質を極めて分かりやすく解説している。問題は、ローンを貸している銀行などが、そのリスクを他人に転嫁するためにCDOという細切れの債権をまとめたものを作り、さらにその買い手がそのリスクをヘッジするためにCDSを買う、という循環で、みんながリスクを下げられたと思い込んで、どんどんローンを貸し出して規模が膨らんだ、というところのようだ。

3つの信条:
ひとつ、味方は不可欠である。ふたつ、約束は神聖なものだから、あたりまえのことだが、めったなことで制約などしてはならない。三つ、人目を惹く派手な行為でなにかを成就できることはまれである。
ピラミッドの経済効果についての考察:
ファラオが自分のためのピラミッドを造るのに1000人を雇い、こうつぶやく。「給料が経済に流れ込むし、金は一銭も無駄にはならない、と。多くの寄贈や消費が同じような形で行われています。馬鹿げているし、倫理的にも間違っているはずです。でもピラミッド建設用に石を運ぶ人々に雇用をあたえるのはすばらしいことだと考える人々もいます。その連中は間違いを犯しています。それは生産的ではない。そういう人々は、投入するものだけを考え、生み出されるものについて考えていません。
仮に自分のためにピラミッドを造りたいと望むなら、そして、そのために社会から多くの資源を奪うなら、そのために莫大な代償を払うべきです。それ相応の税金を払うべきなのです。大きな部分を社会に分けあたえ、病院の建設や、子供たちの教育にまわせるようにしなければなりません」
ほとんどそのまま国の財政にも言えそうだ。
バフェットのほんとうのすごさはお買い得品を見つけることではなく(たしかに多数見つけてはいるが)、適正な値段のついている会社を長い歳月をかけてお買い得品に仕立てあげることにある。
  • 小さい頃卓球に熱中
  • ソロモン・ブラザーズ, LTCMといった「ウォール街」企業とも関係していた
自分の好きなことをしなさい。自分が尊敬できる人のもとで働きなさい。
自動車をくれる精霊(ジン)の話:
これはきみが一生で最後に手に入れる自動車なんだ。だから、人生の最後まで乗り続けることになる

日本百名山, 深田久弥

新潮文庫
2011-01-30 読了

寝る前とか風呂の中とか、細切れ時間を利用して、少なくとも1年以上かけてようやく読み終えた。知らない山がかなりあった。さすがに3000メートル級の山にはおいそれとは近づけないが、山の自然や景観には憧れる。

1つの山につき4ページで、山の歴史、名前の由来、著者が登った時の思い出、などが綴られる。自然を愛する登山家らしく、何度も、「混雑を避けて春先に登った」とか、「バスや土産物のない山」とか、の記述が見られる。軟弱登山愛好家としても、もちろん混雑していなくて、自然に近い姿の方が嬉しいが、道路などの整備によって明らかに山に近づきやすくなっており、その恩恵を受けているので、どうしようもない。

山に限らないが、例えば山の上に大きな旅館の廃墟が残っていたり、出店が規制されている観光地のど真ん中で既得権益にあぐらをかいて、醜い建物や平凡な食事で商売を続ける店など、おそらく数10年前にピークを迎えてそのまま衰退の道を進んでいるのだろうが、日本の縮図をみる思いがする場所も多い。

ところで、「後記」に選定基準が書かれている。
  • 品格
  • 歴史
  • 個性
付加的条件として、おおよそ1500メートル以上の高さを持つこと(例外は筑波山と開聞岳)。しかし最も重要な条件は、著者自らが登った経験のある山、という。そのせいで、いくつかの山が選からもれたそうだ。このような楽しい「後記」が待っていようとは思いもしなかった。

2011-01-24

Dweller On The Threshold, Tribe Of Gypsies

2011-01-20 購入

Vocal が替わったせいか、これまでにくらべて落ち着いたというか、やや暗いというか、おとなしいというか、そんな印象。それでも独特のラテンフレーバーや Roy Z のギターは健在。

2006年作品だが、5年間以上、発表されていたのを知らなかった... orz

2011-01-22

ソーシャル・ネットワーク

Official Site, 日本
2011-01-22

Harvard大学の寮で開発・公開がスタートした Facebook のサクセスストーリーと、Mark Zuckerbergの人間性、それにまつわる2つの裁判が軸。

どこまでが本当か分からなかったが、Facebook 開発前のシーンでは、懐かしい Netscape browser のような画面がでたり、日本語字幕では訳されていなかったが、Emacs でスクリプトを書く、というようなセリフがあり、面白かった。映画の主人公の役者は YouTube でみた Mark Zuckerberg の喋り方を非常によく再現していると思った。

Facebook に Napster 関係者 (Sean Parker) が関わっていた (いる?) というのは知らなかった。この世界は栄枯盛衰が非常に早い。10年後、Facebook はどうなっているだろうか。

それにしても、本編が始まる前に、これから上映される映画の宣伝を何本も見せられるが、日本の映画の他は全てアメリカ (ハリウッド?) の映画ばかりだった。せっかくシネマコンプレックスなのに、もっと幅広く上映しないのはなぜだろうか。日々のニュースでは、欧米の映画祭で○○賞を受賞、などを伝えているが。資本の関係だろうが。(他の国の映画も上映しているのかもしれないが)

ところで、当日はレイトショーだったせいか、はたまた Facebook の日本でのユーザ数の少なさのせいか、10人ぐらいしか入っていなかった。

2011-01-02

探偵伯爵と僕, 森博嗣

講談社文庫
2011-01-02 読了

小学生(?)が夏休みの宿題で日記的にミステリーを書いた、という雰囲気の作品。

2011-01-01

ほったらかし投資術, 山崎元, 水瀬ケンイチ

朝日新書
2011-01-01 読了

この本の内容は、著者のお二人がブログ等のメディアで発信されていることをまとめたもののようにお見受けした。

ただし、水瀬氏が現在の自身の投資スタイルにたどり着くまでの変遷は、部分的にはブログに書かれていたと思うが、そもそも投資をはじめたきっかけが今回初めて明かされている(と思う)。序章は、そこからインデックス投資の良い点・特徴などへ話が進むという構成。

面白いのは、どちらがどの部分を担当したかがわかるようになっているところ。それによって水瀬氏が実践編・商品ガイド編を担当したとわかる。その部分は簡潔に、しかし必要なことが書かれている。この部分を読んでいて、フィナンシャルプランナーなど業界とは無関係の著者がこのような「使える」内容を書いてしまうと(書けることがわかると)、本業の人はちょっと商売がやりにくくなったりしないか、などと、余計な心配をしてしまう(銀座人「みんなの投資」という先例もあるが)。

一方で、山崎氏が担当した理論編は、「誰でもリスク資産の組み合わせは同じでいい」とか「インデックスファンドの頑強性」、「外債は不要」(とまでははっきりとこの本に書かれているわけではないが)など、内容は個人的には非常に納得出来るものの、専門用語(アクティブファンドなど)がいきなり出てくるなど、記載は明らかに初心者向けでなく、全体的に見るとややアンバランスに感じる。

とは言え、みんな同じリスク資産の組み合わせで良い、と言い切ってくれたほうが、迷いがなくて良い(私は本書のお勧めにはしたがっていないが)。