2011-06-18 読了 (2回目?)
短編集。どの話でもほぼ必ず死人が出る。個性豊かな登場人物達のそのような異常な日常を、おかしみも交えた独特の筆致で描く。というか私の貧弱な語彙では表現できない。
最近BSで放送しているらしい。久しぶりに読んだら(前回はおそらく5年以上前)、主題くらいは記憶にあるものもあったが、筋などはほとんど忘れていて新鮮に読めた。また時代物にはまりそうだ。
2011-06-19
2011-06-04
国会採決欠席議員は有権者の負託を無視しているのでは
6月2日に、菅内閣に対する内閣不信任決議案が反対多数で否決された。こんなときにこんなことをやっていることの是非は私が書くまでもなくいろんな人が意見を表明している。
今回気になったのが、小沢一郎ら複数の議員が採決を欠席・棄権したということ。国会議員は有権者である国民の選挙で選ばれている。そのため、少なくとも彼らに投票した人、広くは彼らの選挙区の全住民を代表して行動すべきであるはずである。しかしながら国民の負託を受けた議員が、その権利を棄権するなどあって良いことだろうか。少なくともまともな有権者なら、そのような身勝手な行動をした議員を次の選挙で信任すべきでないと思う。
欠席者・棄権者が調べたいと思っているが、その一次情報はどこだろうか。
今回気になったのが、小沢一郎ら複数の議員が採決を欠席・棄権したということ。国会議員は有権者である国民の選挙で選ばれている。そのため、少なくとも彼らに投票した人、広くは彼らの選挙区の全住民を代表して行動すべきであるはずである。しかしながら国民の負託を受けた議員が、その権利を棄権するなどあって良いことだろうか。少なくともまともな有権者なら、そのような身勝手な行動をした議員を次の選挙で信任すべきでないと思う。
欠席者・棄権者が調べたいと思っているが、その一次情報はどこだろうか。
2011-05-29
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く, 藻谷浩介
角川oneテーマ21 (新書)
2011-05-18 頃読了
よく経済には「景気の波」があるなどという空をつかむような話がされるが(それはそれで、複雑系だからいろんな変動が出るとは思うが)、この本は人口、課税所得、小売販売額といった、生活感覚に即した、かつ、推定でなく全数実測値のある指標から、内需不振の原因が生産年齢人口の減少にあると主張している。
私も以前、生産年齢人口について述べたことがあるが、私の見方はまだまだ生易しく、首都圏ですら、生産年齢人口がどんどん減少しているということに衝撃をうけた。そりゃ車に乗れる人が減っているのだから自動車など売れなくなるのも当たり前だ。
著者はしかし解決策も提示する。移民の受け入れや「少子化」対策をやっても、数百万人単位で生産年齢人口が減り続けているのを補うには焼け石に水で、
2011-05-18 頃読了
よく経済には「景気の波」があるなどという空をつかむような話がされるが(それはそれで、複雑系だからいろんな変動が出るとは思うが)、この本は人口、課税所得、小売販売額といった、生活感覚に即した、かつ、推定でなく全数実測値のある指標から、内需不振の原因が生産年齢人口の減少にあると主張している。
私も以前、生産年齢人口について述べたことがあるが、私の見方はまだまだ生易しく、首都圏ですら、生産年齢人口がどんどん減少しているということに衝撃をうけた。そりゃ車に乗れる人が減っているのだから自動車など売れなくなるのも当たり前だ。
著者はしかし解決策も提示する。移民の受け入れや「少子化」対策をやっても、数百万人単位で生産年齢人口が減り続けているのを補うには焼け石に水で、
- 高齢富裕層から若者への所得移転
- 女性の就労増加
- 外国人観光客の受け入れ増加
問題は「少子高齢化」ではなく「生産年齢人口減少」著者の言うとおり、問題を正しく認識しなければ、問題解決はおぼつかない。子供手当のまえに(それすらできていないのだが)やるべきことはたくさんある。
2011-04-03
不道徳な経済学 擁護できないものを擁護する, ウォルター・ブロック (著), 橘玲 (訳・文)
Defending The Undefendable, Walter Block
講談社+α文庫
2011-04-03 読了
リバタリアンという立場から、現在の社会・法律では違法・不道徳とされている人々を擁護する。私の理解によると、「私的財産権」「表現の自由」を何よりも重視する立場のようだ。そのため、税金が「国家による収奪」となるなど、多くの人にとって過激な思想にもうつる。
本書で紹介されている多くの例は、確かにその通り、と納得できるが、一部は、やはり私が「道徳」に汚染されているためか、抵抗のあるものもある。
一般に「リバタリアン」の思想が知られていない現状を考えてか、橘玲が書いた「はじめてのリバタリアニズム」が導入として冒頭に置かれている。これもよい配慮だと思う。その一部分が著者のサイトで公開されている。
講談社+α文庫
2011-04-03 読了
リバタリアンという立場から、現在の社会・法律では違法・不道徳とされている人々を擁護する。私の理解によると、「私的財産権」「表現の自由」を何よりも重視する立場のようだ。そのため、税金が「国家による収奪」となるなど、多くの人にとって過激な思想にもうつる。
本書で紹介されている多くの例は、確かにその通り、と納得できるが、一部は、やはり私が「道徳」に汚染されているためか、抵抗のあるものもある。
- 恐喝者
- 満員の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴
一般に「リバタリアン」の思想が知られていない現状を考えてか、橘玲が書いた「はじめてのリバタリアニズム」が導入として冒頭に置かれている。これもよい配慮だと思う。その一部分が著者のサイトで公開されている。
2011-03-21
省エネルギー(計画停電)について思うこと
地震・津波で被害を受けられた皆様にお見舞い申し上げます。
3月11日の超巨大地震とその津波の被害によって、多くの発電所が停止に追い込まれた影響で、東京電力と東北電力の供給地域では「計画停電」が実施されている。
一部の論客は、計画停電をするより、経済学の需要と供給の原理を働かせて、需要よりも供給が足りないのなら料金を値上げすれば、それに応じて需要は減る、という主張をしている(例えば、こちらやこちら)。日本社会では値上げは「弱者いじめ」になるので、平時ならともかく、国難とも言われる時に、値上げなど言い出すだけで大バッシングが起こるだろう。
ということで、(実現可能性はともかく)別の策もないものかと考えてみる。
現在のテクノロジーをもってすれば、今にも簡単にできそうなことであるが、在宅勤務を大々的に普及すれば、通勤にかかるエネルギーを節約することができるので、非常に効果があると思われる。
私も何度か電車通勤を経験したことがあるが、毎日毎日、とんでもない人数の人々を運ぶためのエネルギーたるや、相当なものだろう。加えて、そのための時間も無駄である(通勤時間中に読書などするから無駄ではない、というかもしれないが、もし通勤時間が必要なければもっと他のこともすることが可能になるので、消極的な選択に過ぎない)。これが節約できるだけで、相当な省エネルギーになるはずだ。
また、今は災害の報道でなりを潜めているだけだろうが、「低炭素社会」などと言って地球温暖化を防ごうという、根拠があまりないことに、限りある財政支出をまわしている。これだけの人的被害が地震と津波によってもたらされているのに、例えば学校の耐震化よりも、被害も良く分からない温暖化対策に予算をまわすなど、全く無駄ではないか。もちろん、科学的に研究することは必要だと思うが、それを理由に、全国の事業所にエネルギー使用量を毎年1%削減することを義務付ける、とか、余計な規制をかけるのは、ナンセンスだろう。(こちらも、電気料金を値上げするなどの方が、使用量を削減するインセンティブを与えられる気がする)
日本では、東海・紀伊半島・四国沖での巨大地震も、今後数10年のうちにほぼ確実に発生する(例えばこちら)。温暖化するかどうか分からず、仮に温暖化したとしてもどのような被害がでるかよく分からないものに、限りある資源を振り向けている場合だろうか。
3月11日の超巨大地震とその津波の被害によって、多くの発電所が停止に追い込まれた影響で、東京電力と東北電力の供給地域では「計画停電」が実施されている。
一部の論客は、計画停電をするより、経済学の需要と供給の原理を働かせて、需要よりも供給が足りないのなら料金を値上げすれば、それに応じて需要は減る、という主張をしている(例えば、こちらやこちら)。日本社会では値上げは「弱者いじめ」になるので、平時ならともかく、国難とも言われる時に、値上げなど言い出すだけで大バッシングが起こるだろう。
ということで、(実現可能性はともかく)別の策もないものかと考えてみる。
現在のテクノロジーをもってすれば、今にも簡単にできそうなことであるが、在宅勤務を大々的に普及すれば、通勤にかかるエネルギーを節約することができるので、非常に効果があると思われる。
私も何度か電車通勤を経験したことがあるが、毎日毎日、とんでもない人数の人々を運ぶためのエネルギーたるや、相当なものだろう。加えて、そのための時間も無駄である(通勤時間中に読書などするから無駄ではない、というかもしれないが、もし通勤時間が必要なければもっと他のこともすることが可能になるので、消極的な選択に過ぎない)。これが節約できるだけで、相当な省エネルギーになるはずだ。
また、今は災害の報道でなりを潜めているだけだろうが、「低炭素社会」などと言って地球温暖化を防ごうという、根拠があまりないことに、限りある財政支出をまわしている。これだけの人的被害が地震と津波によってもたらされているのに、例えば学校の耐震化よりも、被害も良く分からない温暖化対策に予算をまわすなど、全く無駄ではないか。もちろん、科学的に研究することは必要だと思うが、それを理由に、全国の事業所にエネルギー使用量を毎年1%削減することを義務付ける、とか、余計な規制をかけるのは、ナンセンスだろう。(こちらも、電気料金を値上げするなどの方が、使用量を削減するインセンティブを与えられる気がする)
日本では、東海・紀伊半島・四国沖での巨大地震も、今後数10年のうちにほぼ確実に発生する(例えばこちら)。温暖化するかどうか分からず、仮に温暖化したとしてもどのような被害がでるかよく分からないものに、限りある資源を振り向けている場合だろうか。
ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質 (上)(下), ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)
The Black Swan, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了
「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。
取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。
徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)
それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。
また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。
あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。
マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。
著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。
文庫で出てくれないかな。
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了
「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。
取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。
「無知の知」だけでなく「不可知の知」
徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)
それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。
また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。
あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。
マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。
著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。
とても稀な事象の確率は計算できない。でも、そういう事象が起こったときに私たちに及ぶ影響なら、かなり簡単に見極められる。
文庫で出てくれないかな。
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