2019-05-25 読了(図書館)
中央公論新社
出版社のサイトには「選挙版ハゲタカ」とあったが、そこまでの感じでもなかった。
まあこの作者お得意 (?) のパターンで、一番の黒幕は最後のほうまで明かされない。
序盤のドロドロさに比べたら、後半はわりと素直に進み、かなり設定が厳しい感じで情勢の変化が起こっていく。
2019-05-25
2019-05-08
金融探偵, 池井戸潤
徳間文庫
2019-05-08 読了 (図書館)
短編集だが、主な登場人物は共通しているというつくり。
失業中の元銀行員が探偵のようなことを始めて、いろいろな事件や謎を解いていく。
登場人物は魅力的なのだが、短編ということもあり、人物に関する記述がややあっさりしているかな、とも感じた。
第2話「プラスチックス」は、私にはだいぶトリッキーで、謎解きが提示されても良くわからないところがあった。
全体的には楽しめた。
2019-05-08 読了 (図書館)
短編集だが、主な登場人物は共通しているというつくり。
失業中の元銀行員が探偵のようなことを始めて、いろいろな事件や謎を解いていく。
登場人物は魅力的なのだが、短編ということもあり、人物に関する記述がややあっさりしているかな、とも感じた。
第2話「プラスチックス」は、私にはだいぶトリッキーで、謎解きが提示されても良くわからないところがあった。
全体的には楽しめた。
2019-05-05
ペガサスの解は虚栄か?, 森博嗣
講談社タイガ
2019-05-05 読了
妙に人間くさい人工知能などが印象的。チベットで登場していたツェリン博士がインドでも登場。
今回も、シリーズ全体の流れからはやや独立した感がある。そう思って気を抜いていると、伏線が仕込まれていたのに気づかないのかもしれないが。
2019-05-05 読了
妙に人間くさい人工知能などが印象的。チベットで登場していたツェリン博士がインドでも登場。
今回も、シリーズ全体の流れからはやや独立した感がある。そう思って気を抜いていると、伏線が仕込まれていたのに気づかないのかもしれないが。
2019-04-21
平成大相撲決まり手大事典, 新山善一 (著), 琴剣 (絵)
2019-04-21 読了(図書館)
国書刊行会
書名は「決まり手大事典」だが、面白かったのは序章の相撲の歴史と、第一章・基本動作と基本技。相撲用語でよくわからない言葉No.1の「おっつけ」の項目もあるが、本文ではやはり何のことかわからず、琴剣さんの絵の解説で分かった気になれた。
第二章以降の個別の決まり手の項は、昭和初期やそれ以前の力士の取組も例に挙げられているが、動画などほとんど見られないだろうし、ふーん、という感じ。
「つき手」「つきヒザ」の項では、平成17年7月場所8日目の朝青龍-琴ノ若戦の判定を「審判の不手際」と言い切っているところがよい。この一戦は、朝青龍が完全に裏返しになったが、琴ノ若のまわしを離さず、ブリッジのような体勢になって止まった。琴ノ若は朝青龍を下敷きにするのを避けるため、左手をついて「かばい手」。行司の木村庄之助はそれを認めて琴ノ若に軍配を上げたが、物言いがつき、「朝青龍の体が落ちるのと琴ノ若の手がつくのが同時とみて取り直し」となってしまった。他の本かどこかで(どこで読んだか聞いたか思い出せないが)、この一番のようになったときには、下の力士(朝青龍)はけがを避けるため、まわしを離さないといけない、とのこと。「かばい手」のようなルールが認められているところが、相撲は相手があってのもの、ということを表していて奥深いところだ。
国書刊行会
書名は「決まり手大事典」だが、面白かったのは序章の相撲の歴史と、第一章・基本動作と基本技。相撲用語でよくわからない言葉No.1の「おっつけ」の項目もあるが、本文ではやはり何のことかわからず、琴剣さんの絵の解説で分かった気になれた。
- 相手の腕に手のひらを下方から当てて上に持ち上げる
- おっつけた手と同じ側の足を前に踏み込んで腰を入れれば、相手は腕を伸ばされて重心も崩れることになる
第二章以降の個別の決まり手の項は、昭和初期やそれ以前の力士の取組も例に挙げられているが、動画などほとんど見られないだろうし、ふーん、という感じ。
「つき手」「つきヒザ」の項では、平成17年7月場所8日目の朝青龍-琴ノ若戦の判定を「審判の不手際」と言い切っているところがよい。この一戦は、朝青龍が完全に裏返しになったが、琴ノ若のまわしを離さず、ブリッジのような体勢になって止まった。琴ノ若は朝青龍を下敷きにするのを避けるため、左手をついて「かばい手」。行司の木村庄之助はそれを認めて琴ノ若に軍配を上げたが、物言いがつき、「朝青龍の体が落ちるのと琴ノ若の手がつくのが同時とみて取り直し」となってしまった。他の本かどこかで(どこで読んだか聞いたか思い出せないが)、この一番のようになったときには、下の力士(朝青龍)はけがを避けるため、まわしを離さないといけない、とのこと。「かばい手」のようなルールが認められているところが、相撲は相手があってのもの、ということを表していて奥深いところだ。
2019-04-13
青白く輝く月を見たか?, 森博嗣
2019-04-13 読了
講談社タイガ
深海の底が舞台。人工知能とトランスファが大活躍という感じか。
気になった一節は:
講談社タイガ
深海の底が舞台。人工知能とトランスファが大活躍という感じか。
気になった一節は:
人間ならば、生きている肉体があって、ある程度の生活があるから、それを保証することで契約が成立している。法律があり、禁じられていることをすれば罰を受けるが、それは最終的には肉体の拘束だ。したがって、肉体を持たないものは、法律の制限さえないことになる。
2019-04-10
私たちは生きているのか?, 森博嗣
2019-04-10読了
講談社タイガ
このシリーズは、おおよそ150年後くらいの未来の世界を描いているが、「ウォーカロン」という、生命体(?)というかロボットというか、の存在が一つの柱になっている。今回の作品ではそれがさらに一歩進んだ存在も出てくる。どちらにしても、現在の倫理観では受け入れられないだろうと思われるが、技術としては、確かに2-3百年のうちには実現するかもしれない。
人工知能やトランスファーといった存在も出てくる。「人間とは何か」「生きている、とは何か」という問いが必然的に出てくる。
ひょっとしたら、シリーズ全体の話の流れからすると、ちょっと一休み的な巻かもしれない。そうでないかもしれない。いずれにしても上記のような「存在」や「問い」の提示が魅力的な一冊。
「有限と微小のパン」を思い出した。
講談社タイガ
このシリーズは、おおよそ150年後くらいの未来の世界を描いているが、「ウォーカロン」という、生命体(?)というかロボットというか、の存在が一つの柱になっている。今回の作品ではそれがさらに一歩進んだ存在も出てくる。どちらにしても、現在の倫理観では受け入れられないだろうと思われるが、技術としては、確かに2-3百年のうちには実現するかもしれない。
人工知能やトランスファーといった存在も出てくる。「人間とは何か」「生きている、とは何か」という問いが必然的に出てくる。
ひょっとしたら、シリーズ全体の話の流れからすると、ちょっと一休み的な巻かもしれない。そうでないかもしれない。いずれにしても上記のような「存在」や「問い」の提示が魅力的な一冊。
「有限と微小のパン」を思い出した。
2019-03-28
「横審の魔女」と呼ばれて, 内館牧子
2019-03-28 読了 (図書館で借りた)
朝日新聞出版
これは面白い。
初の(そして今のところ唯一の)女性横審(横綱審議委員会)委員であった内館牧子さんが、在任中に週刊誌に連載していた、横審でのやりとり・発言などのレポート。横審は正式な議事録とか作っているのだろうか。せめて議事概要だけでも日本相撲協会のWEBで公開してほしいものだ。(していたらすみません)
内館さんがその任を務めていたのは2000年~2010年ごろのようだ。その任期のはじめのほうには貴乃花と武蔵丸との優勝決定戦(当時の小泉首相が表彰式で「感動した!」と言った一番)があり、任期が終わるのとほぼ同時に朝青龍への引退勧告。なかなか激動の時期。
この本の中でも触れられているが、「土俵上の女人禁制」について、内館さんは「女性が土俵に上がることには反対である」と明確に発言されている。この問題については、最近でも、宝塚市での巡業の際に、女性市長が土俵上で挨拶するのを断られたりしているが、その理由を協会は明確に答えているのだろうか。私は、この本を読んで、内館さんの主張に納得した。男女平等というのはグローバルスタンダードだが、伝統芸能・文化や神事にグローバルスタンダードを持ち込むのは筋違いということだろう。
本書で繰り返し述べられているが、大相撲は勝ち負けを争うただのスポーツではない。何百年もの歴史・伝統を受け継いでおり、歌舞伎などと同様にある種の伝統芸能みたいなものである。それがゆえに「公益財団法人」に認可されてさまざまな優遇を受け、NHKでも全国放送され、力士の地位も保護されている。それがゆえに「品格」が要求される。プロレスやボクシングなどの選手にくらべてみればわかる。
まあ、(控えめの)ガッツポーズとか、花道を下がった後の「クソッ」という声とかくらいは、あってもよいのではと思う。また、外国人力士をこれだけ受け入れておきながら、千秋楽の表彰式では、国歌斉唱として「日の丸」しか流れないのもどうかと思う。それらを思うと、今年2019年1月場所の千秋楽で玉鷲(モンゴル出身)が遠藤に勝って優勝を決めた瞬間に、数秒間土俵上でじっとしていたシーンは、思い出すだけでも感動する。あんまり関係ないかもしれないけど。
あと土俵上の女人禁制問題は、土俵上で相撲だけやればよいものを、本場所では理事長挨拶や表彰式も土俵上でやるし、巡業では各種の出し物(お好み: 相撲甚句、髷結い実演、など)もやったりしているから誤解を招くのではないか。相撲の取組以外のものは別途ステージを用意してそちらでやれば、土俵上は神聖な場所である、と明確に言えるだろうと思う。
朝日新聞出版
これは面白い。
初の(そして今のところ唯一の)女性横審(横綱審議委員会)委員であった内館牧子さんが、在任中に週刊誌に連載していた、横審でのやりとり・発言などのレポート。横審は正式な議事録とか作っているのだろうか。せめて議事概要だけでも日本相撲協会のWEBで公開してほしいものだ。(していたらすみません)
内館さんがその任を務めていたのは2000年~2010年ごろのようだ。その任期のはじめのほうには貴乃花と武蔵丸との優勝決定戦(当時の小泉首相が表彰式で「感動した!」と言った一番)があり、任期が終わるのとほぼ同時に朝青龍への引退勧告。なかなか激動の時期。
この本の中でも触れられているが、「土俵上の女人禁制」について、内館さんは「女性が土俵に上がることには反対である」と明確に発言されている。この問題については、最近でも、宝塚市での巡業の際に、女性市長が土俵上で挨拶するのを断られたりしているが、その理由を協会は明確に答えているのだろうか。私は、この本を読んで、内館さんの主張に納得した。男女平等というのはグローバルスタンダードだが、伝統芸能・文化や神事にグローバルスタンダードを持ち込むのは筋違いということだろう。
本書で繰り返し述べられているが、大相撲は勝ち負けを争うただのスポーツではない。何百年もの歴史・伝統を受け継いでおり、歌舞伎などと同様にある種の伝統芸能みたいなものである。それがゆえに「公益財団法人」に認可されてさまざまな優遇を受け、NHKでも全国放送され、力士の地位も保護されている。それがゆえに「品格」が要求される。プロレスやボクシングなどの選手にくらべてみればわかる。
まあ、(控えめの)ガッツポーズとか、花道を下がった後の「クソッ」という声とかくらいは、あってもよいのではと思う。また、外国人力士をこれだけ受け入れておきながら、千秋楽の表彰式では、国歌斉唱として「日の丸」しか流れないのもどうかと思う。それらを思うと、今年2019年1月場所の千秋楽で玉鷲(モンゴル出身)が遠藤に勝って優勝を決めた瞬間に、数秒間土俵上でじっとしていたシーンは、思い出すだけでも感動する。あんまり関係ないかもしれないけど。
あと土俵上の女人禁制問題は、土俵上で相撲だけやればよいものを、本場所では理事長挨拶や表彰式も土俵上でやるし、巡業では各種の出し物(お好み: 相撲甚句、髷結い実演、など)もやったりしているから誤解を招くのではないか。相撲の取組以外のものは別途ステージを用意してそちらでやれば、土俵上は神聖な場所である、と明確に言えるだろうと思う。
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