2011-07-31

最後の将軍, 司馬遼太郎

文春文庫
2011-07-31 読了 (2回目?)

中学あたりの歴史の授業では、15代将軍徳川慶喜が大政奉還をした、ということは習うが、その在職がわずか1年程度だとか、その間ずっと江戸でなく京都・大阪にいた、ということは知らなかった。幕末の小説(殆ど司馬遼太郎だが)をいくつか読んで、おぼろげに知っただけだった。

この小説を読んで、慶喜が水戸烈公斉昭の子ということ、大正2年まで生きたこと、などをあらたに知った。小説は、どうしても主役に移入してしまうので、坂本龍馬などの本を読めば反幕府体制側びいきになるが、慶喜や新撰組(だいぶ次元が違うが)の本を読むと、滅びる側と言うか、義経にも通じる感覚で、幕府の方を持ちたくなる時もある。慶喜は、結果的には幕引き係で、実際のところは分からないが、それを本人も悟っていたのかもしれない。

2011-07-30

竜馬がゆく, 司馬遼太郎

文春文庫 (1) - (8)
2011-07-30 読了 (3回目?)

何度読んでも引き込まれる。独創的というのはこういうことを言うのだという見本。道を切り開いた人は本当に素晴らしい。

世に生を得るは、事をなすにあり
という言葉が何度か出てくる。これが本当に竜馬の言葉かどうかはわからないが、この小説全体を貫くテーマとなっている気がする。

坂本竜馬は何度もNHKの大河ドラマなどに取り上げられていて、そのたびに高知では観光客を呼び込もうとするようだが、彼の活躍の舞台は江戸、京、兵庫(神戸)、長崎など、ほとんど県外だ。

おりょうと竜馬が訪れたという塩浸温泉は、司馬氏が訪れたときには地元の人も知らないような場所だったようだが、「竜馬ブーム」のおかげでいまや立派な温泉施設ができているようだ。

2011-07-17

津波災害 減災社会を築く, 河田惠昭

岩波新書
2011-07-17 読了

始めのほうを読んだだけでも、なぜ津波高が0.5mや1mでも津波は恐ろしいのか、ということが分かった気になる。3/11の津波災害よりも前に書かれた本だが、世界中の災害を調査してきた経験から、漂流物による建物の破損とか、養殖いかだの被災などについても言及されている。防災は科学技術・政策・地域社会などで総合的に対策をとる必要がある、ということがよくわかる。

しかし土地利用などの対策をとっても、それがために街が寂れていくという可能性もあり、非常に難しい問題だ。

2011-07-15

ソーラー発電による温暖化・ヒートアイランド化の懸念

いわゆる再生可能エネルギーも、必ずしも環境に優しいわけではない。こちらの記事に分かりやすくまとまっている。

なかでも最近、某社の社長が熱心に推進しようとしているメガソーラー。上記の記事によると

順調に行けば年間740万kWhのエネルギーを産み出す、怪物級の太陽光発電施設だ。これは菅直人首相が止めた浜岡の5号基の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)の5時間半分である。浜岡原子力発電所全体では小1時間ぐらいで、この国内最大のメガソーラー1年分の電力を生み出すことができる。

という非力さ。本気でこれで原発の肩代わりをさせようと思ったら、いったいどれだけの面積をソーラーパネルで覆い尽くさなければならないのか。

もし本当にそのようなことをしたら、上記の記事で触れられているものだけでなく、地球温暖化、もしくはヒートアイランド化に相当貢献しそうだ。

というのも、太陽光は光だけでなく熱も地表にもたらしているが、白っぽい地表面では、多くの光は反射してしまうので、熱もそれほど地面に残らない。しかしながら、ソーラーパネルでは、光エネルギーを集めるために、黒っぽい色になっている。すると、発電には直接寄与していない熱まで吸収してしまう。その熱は最終的には空気を暖めるのに使われる。

都市では、ヒートアイランド現象を少しでも緩和するために、ビルの屋上に緑地を作ってみたりとけなげな努力をしているが、メガソーラーはそのような努力を一気に無にするどころか、その地域の気温上昇に確実に貢献すると思われる。

もちろん、原発事故で住めなくなる地域が出てしまうのは非常に問題だが、だからといって「自然エネルギー」(原子力も自然エネルギーだが)に欠点がないわけではない。結局、なにか一つの方法ですべてが解決することはなく、バランスが大事ということだろう。

2011-06-26

超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか, 大木聖子, 纐纈一起

NHK出版新書
2011-06-26 読了

この本は2人の共著ということだが、あとがきによると、第4章以外は大木氏が執筆したとある。地震のその時感じたこと、悔悟、などの著者自身の思いが非常にダイレクトに伝わる。

地震・津波の基礎知識も分かりやすく、かつ簡潔にまとまっているが、ただの地震学の解説書ではないところとして、序章に「ドキュメント3.11」として地震当日の著者自身の対応、第5章で防災教育の重要性が、具体的な取り組みとともに記載されているところが目を引く。その意味では、本書のタイトルも違うもののほうが良かったかも知れない。

下記は第5章の引用文献。

ネットを検索していたら、このような会議が開かれていることを知った。直接は本書に関係ないが、メモとして。

2011-06-24

新選組始末記, 子母澤寛

中公文庫
2011-06-24 読了 (2回目?)

勢いでこちらも再読。しかしこれは小説というより、資料・回想録集という感じで、手紙などは原文のままなのか、一部読み下しもあるが漢文の候文で、非常に読みづらい。ただ作者は異なる証言がある場合などもできるだけ客観的に検討し、妥当と思われる説を採用するなど、歴史の検証が第一という感じだ。その点、司馬遼太郎の小説は読みやすいが、かなり作者の創作が多いと思われるのと対照的だ。

2011-06-23

ガラパゴス化マスメディア

国内メーカが作る携帯電話が、日本独自仕様で進化している様子を指して「ガラパゴス化ケータイ」「ガラケー」などと呼ばれている。

しかし、そのように呼んでいる日本の新聞・テレビ局などのマスメディアは、進化というかどうか不明だが(むしろ退化か)、内にこもって、規制・慣習・言語にも守られて独自の世界に安住している。ある意味で最もガラパゴス化している業界の一つではないか。当然、世界に打って出ることはないので、日本の世代構成に合わせた番組づくり(すなわち高年齢層向け)がどんどん進んでいく。タレントやキャスターも、高年齢層に馴染みのある人(みのもんた、島田紳助、ダウンタウン etc.)が何十年もずーっと出続ける一方で、若いタレント・芸人などはどんどん使い捨てられていく。まさに日本の縮図。

別に、見なければ良いので、個人的には問題はないが、多くの人が影響を受けて「世論」が作られるのでやっかいだ。結論はない。