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2012-05-08

まぐれ, ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)

Fooled by Randomness, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社
2012-05-08 読了

以前読んだ、同じ著者の「ブラックスワン」と同様に(出版はこの「まぐれ」の方が先)、話があっちゃこっちゃにとんで、かつ、例としてあげられている話や説明も、わざと分かりにくく言っているようにも見え、結局言いたいことがなにか、つかむのが非常に難しい文体だが、著者自身が書いているとおり、これはエッセイらしいので、そう思うと、少しだけ気が休まる。

それにしても(本筋以外の?)話題は非常に広範に及ぶ。神話や哲学、疫学、複雑性の科学、心理学、そして経済学。

だがこの著者の立場は、とにかく、正規分布や人間の合理的な行動などを前提とした、スタンダードなファイナンス理論などは、現実にはまったく役に立たない、ということのようだ。「ブラックスワン」でさらに話題になっているように、例えば市場における株価の変動は、正規分布にはならないし、滅多におこらないはずの大暴落など「10シグマの外れ値」も数年に1度は起こっているような気もする。たしかにそれを受け入れたら、年金基金などが一般に使っているように、過去の価格変動の標準偏差でその資産のリスクをはかる、というやり方では、当然ながらリスクを評価したことにはならない。さらに危険なことに、実際はそうではないのに「リスクを抑えた運用」などをしているつもりになってしまっているかもしれない。

個人的には、行動ファイナンスの話が面白かった。Daniel Kahneman, Amos Tversky の名前が何度も登場した。

著者は13章, 14章がいちばん言いたかったことのようだが、残念ながら私にはまったく分からなかった。それでも豊富な挿話やキーワードを見るだけでも、楽しめた。

以下、特に気になった記述を引用:

(2章) ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーの実験:
ほとんどの人は、北アメリカのどこかで(何千人もの命を奪うような)壊滅的な洪水が起きる可能性よりも、カリフォルニアで地震があって(何千人もの命を奪うような)壊滅的な洪水が起きる可能性のほうが高いと判断する。
人は何か抽象的なことに対して保険を掛けるのを嫌う。彼らが注意するのは、いつも、もっと生々しいリスクのほうなのだ。

(2章) リスクに気づいたりリスクを避けたりといった活動のほとんどをつかさどるのは、脳の「考える」部分ではなく「感じる」部分なのだ(「リスクは感覚」だとする理論がそれだ)。リスクを避けようとするとき、合理的な考えは少ししか関係ないし、ほとんど関係ないと言っていい。

(3章) 期間を短くとると、ポートフォリオのリターンではなくリスクを観察することになる。つまり、見えるものはほとんどばらつきばかりだ。

(4章) 進化とは一つの、かつ、たった一つの時系列に適応することであって、あり得るすべての環境の平均に適応することではないのだ。

6章では、頻度(確率)と期待値の違いが述べられている。分布が対称なら、両者の違いはあまり気にしなくてよいが、非対称(稀にしか起こらないが、起こると大損・大儲けすることがあるなど)なら、頻度でなく期待値を考えないといけない。

(6章) ファイナンスの人たちは、彼らのやり方を真似て、めったに起きない事象を無視してしまった。だから彼らは、稀な事象のせいで企業が倒産したりすることに気づかない。(中略)ファイナンスでもそうだけれど、重大な結果をもたらす事象は、めったに起きなくても無視してはいけないのである。(「外れ値」を取り除いたりするが、それをして良い場合と悪い場合とがある)

(9章) 生存バイアスは当初の母集団の大きさに左右されるのを思い出そう。(中略) 知る必要があるのは、当初その人が属していた母集団がどれだけの大きさだったかということだ。

(11章: デボラ・ベネット「確率とデタラメの世界」より引用) ある病気の検査をしたところ5%の割合で偽陽性が出た。人口の1000分の1がこの病気に罹る。検査は被験者を無作為に選んで行われ、病気に罹っている疑いがあるかどうかは無関係だった。さて、ある患者を検査したところ陽性だった。この患者が罹患している確率は何%か?

ほとんどの医師は95%と答えた。検査結果は95%の確率で正しいと考えて出した答えである。正しい答えはこうだ。被験者が罹患していて、かつ、検査で陽性が出る確率は--約2%だ。

以下、答えを(頻度にもとづいて)単純化して説明する。偽陰性はないものと仮定しよう。検査した被験者1000人のうち病気に罹っている人の数は1人だと予想できる。全体のうち残りの999人は健康だが、そのうち約50人は病気に罹っているという検査結果が出る(正確さは95%だから)。正しい答えは、無作為に選ばれて検査結果が陽性だった人が病気に罹っている確率であり、次の式で計算できる。

罹患している人 / 真の陽性の人と偽陽性の人の数

ここでの数字を使えば、51人に1人だ。

(11章) 価格変化の重要度は線形ではない。2%の変化の重要度は1%の変化の2倍ではない。むしろ4倍から10倍の感じだ。7%の変化なら1%の変化の数10億倍も重要だ!

最後に注釈と、膨大な文献リストがあったが、その注釈に、(少なくとも私には)著者のストレートな主張の一つが書かれていた: (うろ覚えだが) 大事なことは、確率の計算が正しくできることではなく、どのような分布・構造になっているかを知ることだ

2011-03-21

ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質 (上)(下), ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)

The Black Swan, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了

「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。

取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。

「無知の知」だけでなく「不可知の知」

徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)

それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。

また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。

あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。

マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。

著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。

とても稀な事象の確率は計算できない。でも、そういう事象が起こったときに私たちに及ぶ影響なら、かなり簡単に見極められる。

文庫で出てくれないかな。