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2012-07-22

巨大地震 巨大津波 東日本大震災の検証, 平田直, 佐竹健治, 目黒公郎, 畑村洋太郎

朝倉書店
2012-07-22 読了

2011年11月に第1刷が出ているので、地震後にすぐ原稿を準備し始めたであろうことが想像できる。そういう意味では、知識を網羅的に盛り込んだ教科書的な本ではなく、それぞれの専門家がそれぞれの視点で地震・津波・災害・原発などについて「熱い」状況で語った、という感じだろう。

さまざまな調査・研究に基づく話は説得力がある。

畑村氏担当部分に寺田寅彦「津浪と人間」からの一節が引用されているが、人間と災害に対する関係について示唆に富む。

こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

2012-06-09

「科学的思考」のレッスン, 戸田山和久

NHK出版新書
2012-06-05 読了

科学の知識そのものはどんどん陳腐化していくが、科学の思考方法は変わらない。それをいくつかのステップに分けて勉強することができる。はじめの2~3の章を読むだけでも、この本を買う価値がある。

2分法的思考はヤバイ

しかも第2部では、3.11後の放射線問題を例に、「なにか難しいことは専門家に任せておけば良い」というような考え方は非常に危険で、市民がそのリスクに向きあい、他のリスクと比較した上で、ひとりひとりがどう行動するかを選択する必要がある、と説く。

大変情報量が多い。

2012-05-29

日本の津波災害, 伊藤和明

岩波ジュニア新書
2012-05-29 読了

日本で発生した主な津波災害について、全体像だけでなく、代表的な証言(体験談)などもまとめられている。昔の津波における被災者・目撃者の証言を読むと、昨年の東日本大震災での津波の映像が記憶に新しいため、その情景が非常にリアルに想像できる。

別の言いかたをすれば、地球の営みに対する人間側の経験不足が、"想定外"とか"未曾有の"という表現になっているともいえましょう。

2012-04-10

変動する日本列島, 藤田和夫

2012-04-10 読了 (図書館)
岩波新書

買いたいと思っていたが、出版社で品切れ(重版未定)のようなので、図書館で借りて読んだ。

近畿地方を中心とする現在の地形のでき方を、地質学・地形学から明らかにするドキュメンタリー(?)。すべて理解できたわけではないが、数十〜百万年という長い(地質学的には短い)年月の間でダイナミックに変化する地形を読み解く、非常に面白い著書。活断層や地震の話も出てくる。この本が出版されたのは1985年で、もちろん野島断層などピンポイントの話があるわけではないが、しかし近畿地方にも活断層があることや、地震の危険性についても書かれている。

途中からかなり複雑な話になるのであまり理解できていないし、書かれているような変動が、どのような仕組みで起こるのか、というところもよく分からないが、大変興味深い。

それにしても、重版してほしい。なんのための再販制度か分からない。そもそも電子書籍にしておけば、「版」などほぼ意味がなくなるし、在庫を持っていなくても販売できる。出版社にとっても良い話もあると思うが。といういつもの愚痴はこのへんで。

旧版の岩波新書全てが在庫切れなわけではないことに、とりあえず安堵するが。

(参考)
本書にも少し話が出てくるが、著者が参加したカラコルム・ヒンズークシの調査の様子がwebで見られるようになっていた。netで検索したら出てきた。素晴らしい。

2011-10-03

生き延びるための地震学入門, 上大岡トメ, 上大岡アネ

幻冬舎
2011-10-03

マンガと対話形式で地震・津波の基礎知識が得られる。スイスイ読める。

この本のメッセージも、「超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか」と同様に

(地震・津波を)正しく恐れる

ことの重要さ、と読んだ。

2011-09-29

次の巨大地震はどこか!, 宍倉正展

宮帯出版社
2011-09-29 読了

著者のグループで取り組んでいる、地質学的手法による古地震の研究の紹介。とにかく、何度もくり返し吐露されているのは、869年の貞観の津波についての研究成果を取り入れた地震の評価結果が政府の地震調査研究推進本部からまさに公表される直前だったこと、そして、もし、それが公表されていたら、今回の地震・津波の被害者が少しでも減っていたのではないかという悔悟の念である。

著者によると、千島海溝・房総沖・南海トラフに(超)巨大地震が切迫している可能性があるという。その予想はともかく、過去の地震の痕跡を探る手法がバラエティに富んでいて、災害の被害に遭われた方々には不謹慎ではあるが、非常に楽しい。

最近のホットな結果まで惜しげもなく紹介されていて、この分野の研究の面白さがよく現れている。

写真や図も豊富で、非常に読みやすくて一気に読めたが、ただ図に番号がついていなかったのが残念。

2011-09-19

「死んでも仕方がなかった」で済ませていいのか? “釜石の奇跡”の立役者があぶり出す安全神話の虚構, 吉田典史

「死んでも仕方がなかった」で済ませていいのか?
“釜石の奇跡”の立役者があぶり出す安全神話の虚構, 吉田典史


ダイヤモンドオンラインで連載されている「『生き証人』が語る真実の記録と教訓~大震災で『生と死』を見つめて」という吉田典史氏の記事。片田敏孝・群馬大学大学院教授への取材。片山氏は「釜石の奇跡」の立役者。

2万人近くに及ぶ死者・行方不明者は少なくとも3つのカテゴリーにわけられる:
  • 要援護者
  • 職責を全うした人たち
  • 避難意識が徹底されていなかった人や、その犠牲になった人

2点目の人たちについては、報道等では「殉職」「美談」としてしか取り上げられないが、本当にその人たちも犠牲にならなければならなかったのか、を問い直す必要があるという。

1人でも多くの人の命を救うことに、一点の曇りもあってはいけない

また3点目の人たちについては、「科学・技術」と「防災」について考えこんでしまう。片山氏は、防潮堤のある宮古市田老地区での犠牲者について

強固な防潮堤が多くの人を救った。一方で、津波から逃げる意識を弱くしてしまい、結果としてたくさんの人の命を奪った

という面があると指摘している。これは森博嗣が指摘するように、個人個人が科学的思考法を身に付けず、科学・技術のその時点での成果だけを盲目的に信用することの危険性と同義なものだ。「では防潮堤などなかった方が良いのか」と短絡的に考えるのではなく、防災は複合的な対策が必要であるから、技術的・経済的に取れる対策はとった上で、かつ、行政も対策をとり、個人個人も自分の命を守るために自分で考えて行動することが必要ということだろう。

行政に身を委ねるという根本的な仕組みを変えないと、同じような被害が続く。国民1人1人がそれを真に理解する時期にさしかかっている。災害から命を守るのは、自分なのだ

人間にはそもそも自己防衛能力が備わっている。それは例えば、食べると危険なものは「変な味がする」と感じて吐き出す、などのことだ。しかし、温暖化・原子力・携帯電話・津波、などなど、本能ではなく科学的な知識と思考が必要な危険に対しては、思考停止して結論を急ぎ、0か1かの極端な反応をとりがちである。そうではなく、片山氏が指摘するように

主体的な意思で身を守る

ことが大切で、そのために日頃から科学的情報や思考にすこしずつでも接し身近にしておくことが重要ということだろう。言うに易し行うに難し、だが。

2011-09-03

科学的とはどういう意味か, 森博嗣

幻冬舎新書
2011-09-03 読了

タイトル通り、「科学」とはどういうものか、説明されている。

しかしながら、そのことと同程度、あるいはそれ以上に重点が置かれている(と感じた)ものは、教育についてだ。

著者によると、一般向けの科学の本や記事は、いかにして「科学は楽しいものか」をアピールして、興味を持ってもらおうとしている、という。この本では(著者いわく)意図的にそういう路線は取らず、等身大の科学、その営みを解説している。

3月の東日本大震災を受けて、それに関する記述が増えたとのことだが、たしかに、科学から目を背け続けていると、自身の生命にも関わることになる。10mの防潮堤があって、予想される津波の高さが3mというから大丈夫と思った、という被災者のコメントを聞いたことがある。また、本書にもあるとおり、福島第一原発の事故後、各地で測定した放射線量の値は数字で発表されているのに、テレビのコメンテーター等が「はっきりと示してほしい」と言っていたそうだ。

多くの人の関心は、自分のいる場所が危険なのかどうか、ということだろうと思うが、原発にしても自然災害にしても、少し考えてみれば1か0か白黒つけられるものではそもそもないし、様々な状況、データを勘案して、最終的には各自が判断するしかない。難しい(と感じる)ものはやはりなかなか調べる気も起こらないが、最悪、自分の命に関わることを、他人(国、自治体、近所の人、マスコミ? etc.)の判断にまかせるのはやはり異常だと思う。

そうならないために、「超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか」に書かれていたように「災害を正しく恐れる」ためにも、科学的・定量的な思考に普段から慣れておく必要がある。また、少しでも多くの方が、そのような考え方に慣れていただくための方法(教育)も重要だ。

引用したい箇所がいくつもあった。しかし、こういう良い本はなんども読みなおせばよい。

2011-08-23

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか 検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ, 吉田典史 (週刊ダイヤモンド)

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか
検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ


2011年8月23日 週刊ダイヤモンドオンラインの記事。杏林大学准教授・高木徹也氏(法医学)の話。

「海や川、プールなどで亡くなる溺死とは、遺体の状況が違った。これら狭義の意味での溺死は、気道に大量の水が一気に入り込み、呼吸ができなくなり、死亡する。今回の場合は、9割以上が津波による溺死ではあるが、それに複合的な要因が重なり、亡くなったと診断できるものだった」

その複合的な要因とは、主に次の4つのものだという。これらの要因のうち、いずれかがほぼ全ての遺体に見られた。高木氏は検死の際、遺体がこれらのうちどれに該当するかを診ていく。

1つは、胸部圧迫による死亡。圧迫を与えたものとして考えられ得るのは、たとえば船や車、家、がれき、さらに押し寄せる波の水圧など。これらが胸や腹部に時速数十キロのスピードで当たり、呼吸ができなくなった可能性がある。

2つめは、一気に大量の水を飲み込むことでの窒息。3つめは、いわゆる凍死。当日、津波に襲われた後、冷たい波の中で木などにつかまり救援を待ったが、寒さで体温が下がり、息を引き取った例がこれに該当する。

4つめは外圧によるもの、たとえばがれきが頭に当たり、脳挫傷などになり死亡したことが考えられる。

遺体にまつわる話は、タブー視されている傾向がある。震災から数ヵ月が経つにもかかわらず、津波に巻き込まれた遺体はどうなっているのかなど、踏み込んだ記事はほとんどない。

実際に人の命を守るためにはこのような知見が非常に重要だ。
被害を知ることで対策が立てられる。亡くなられた方々の死因をきちんと調べることで、防災に役立つ知見が得られる。

2011-07-17

津波災害 減災社会を築く, 河田惠昭

岩波新書
2011-07-17 読了

始めのほうを読んだだけでも、なぜ津波高が0.5mや1mでも津波は恐ろしいのか、ということが分かった気になる。3/11の津波災害よりも前に書かれた本だが、世界中の災害を調査してきた経験から、漂流物による建物の破損とか、養殖いかだの被災などについても言及されている。防災は科学技術・政策・地域社会などで総合的に対策をとる必要がある、ということがよくわかる。

しかし土地利用などの対策をとっても、それがために街が寂れていくという可能性もあり、非常に難しい問題だ。

2011-07-15

ソーラー発電による温暖化・ヒートアイランド化の懸念

いわゆる再生可能エネルギーも、必ずしも環境に優しいわけではない。こちらの記事に分かりやすくまとまっている。

なかでも最近、某社の社長が熱心に推進しようとしているメガソーラー。上記の記事によると

順調に行けば年間740万kWhのエネルギーを産み出す、怪物級の太陽光発電施設だ。これは菅直人首相が止めた浜岡の5号基の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)の5時間半分である。浜岡原子力発電所全体では小1時間ぐらいで、この国内最大のメガソーラー1年分の電力を生み出すことができる。

という非力さ。本気でこれで原発の肩代わりをさせようと思ったら、いったいどれだけの面積をソーラーパネルで覆い尽くさなければならないのか。

もし本当にそのようなことをしたら、上記の記事で触れられているものだけでなく、地球温暖化、もしくはヒートアイランド化に相当貢献しそうだ。

というのも、太陽光は光だけでなく熱も地表にもたらしているが、白っぽい地表面では、多くの光は反射してしまうので、熱もそれほど地面に残らない。しかしながら、ソーラーパネルでは、光エネルギーを集めるために、黒っぽい色になっている。すると、発電には直接寄与していない熱まで吸収してしまう。その熱は最終的には空気を暖めるのに使われる。

都市では、ヒートアイランド現象を少しでも緩和するために、ビルの屋上に緑地を作ってみたりとけなげな努力をしているが、メガソーラーはそのような努力を一気に無にするどころか、その地域の気温上昇に確実に貢献すると思われる。

もちろん、原発事故で住めなくなる地域が出てしまうのは非常に問題だが、だからといって「自然エネルギー」(原子力も自然エネルギーだが)に欠点がないわけではない。結局、なにか一つの方法ですべてが解決することはなく、バランスが大事ということだろう。

2011-06-26

超巨大地震に迫る 日本列島で何が起きているのか, 大木聖子, 纐纈一起

NHK出版新書
2011-06-26 読了

この本は2人の共著ということだが、あとがきによると、第4章以外は大木氏が執筆したとある。地震のその時感じたこと、悔悟、などの著者自身の思いが非常にダイレクトに伝わる。

地震・津波の基礎知識も分かりやすく、かつ簡潔にまとまっているが、ただの地震学の解説書ではないところとして、序章に「ドキュメント3.11」として地震当日の著者自身の対応、第5章で防災教育の重要性が、具体的な取り組みとともに記載されているところが目を引く。その意味では、本書のタイトルも違うもののほうが良かったかも知れない。

下記は第5章の引用文献。

ネットを検索していたら、このような会議が開かれていることを知った。直接は本書に関係ないが、メモとして。

2010-07-24

御嶽山 -静かなる活火山, 木股文昭

信濃毎日新聞社
2010-07-24 読了

1979年の噴火前後からこの火山の研究を通して、火山と、その地域で暮らす人々と関わってきた筆者の、時に熱く、時に優しい火山研究・防災・行政への考えが述べられている。

個人的には第6章の山麓自治体について書かれたものが興味深かった。国も地方も財政難に喘いでおり、十分な防災対策・研究にあてる予算がない状況。私も、国民の命をまもるべき国が防災関連予算をどんどん削っていて良いのか、との危機感がある。その一方で、豊かな自然にはあこがれを感じる。