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2015-07-11

納棺夫日記, 青木新門

文春文庫
2015-07-11読了

納棺の仕事を垣間見ることができるだけでも面白いが、後半に、著者が親鸞や宮沢賢治などを引用しながら展開する、「死」の考察というか親鸞の解釈も興味深い。


2015-03-01

実験的経験, 森博嗣

講談社文庫
2015-02-28読了

本家によると「超短編集」だそうだ。だいぶ傾向は違うが、土屋賢二にも通じるところがあるかも(?)。会話文と地の文の区別をする記号「」の使い方を少し変えるだけで非常に読みにくくなることを実証して見せることにはじまり、さまざまな常識をうのみにせず一旦疑ってみる、という姿勢が端々にうかがえる。それは著者が「人間はいろいろな問題についてどう考えていけばよいのか」で書いていたことにも通じる。

それにしてもアイデアの宝庫。作家でもない自分が活かせるものではないが、惜しげもなくいろいろなアイデアが披露されている。そのせいか、森博嗣の本を読んだ後は、関係あることないことをいろいろと考えられて、程よい刺激が得られるのか、ここにいろいろとおもったことを書きたくなる。

2012-08-05

森博嗣のミステリィ工作室, 森博嗣

講談社文庫
2012-08-05? 読了 (N回目?)

森博嗣が選んだ100冊の本、S&Mシリーズについての「あとがき」的な解説(?)、専門誌に書いたエッセイ(?)など、森博嗣のファンのための作家情報本(?)。オリジナルはハードカバーで1999年に出ているようだ。小説を書き始めて3年ほどの頃のようだ。この頃はまだN大学にお勤めの傍ら、作家業をしていた。

別の本に書かれていたと思うが、何度か自宅の引越しをされていると思う。この頃はまだそれほど広い庭がなかったらしく、軽便鉄道も比較的ささやかなものだ。

目次に100冊の本の名前があると便利なのに、と思っていたら、巻末にタイトルと人名の索引が付いていた。

2012-05-08

まぐれ, ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)

Fooled by Randomness, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社
2012-05-08 読了

以前読んだ、同じ著者の「ブラックスワン」と同様に(出版はこの「まぐれ」の方が先)、話があっちゃこっちゃにとんで、かつ、例としてあげられている話や説明も、わざと分かりにくく言っているようにも見え、結局言いたいことがなにか、つかむのが非常に難しい文体だが、著者自身が書いているとおり、これはエッセイらしいので、そう思うと、少しだけ気が休まる。

それにしても(本筋以外の?)話題は非常に広範に及ぶ。神話や哲学、疫学、複雑性の科学、心理学、そして経済学。

だがこの著者の立場は、とにかく、正規分布や人間の合理的な行動などを前提とした、スタンダードなファイナンス理論などは、現実にはまったく役に立たない、ということのようだ。「ブラックスワン」でさらに話題になっているように、例えば市場における株価の変動は、正規分布にはならないし、滅多におこらないはずの大暴落など「10シグマの外れ値」も数年に1度は起こっているような気もする。たしかにそれを受け入れたら、年金基金などが一般に使っているように、過去の価格変動の標準偏差でその資産のリスクをはかる、というやり方では、当然ながらリスクを評価したことにはならない。さらに危険なことに、実際はそうではないのに「リスクを抑えた運用」などをしているつもりになってしまっているかもしれない。

個人的には、行動ファイナンスの話が面白かった。Daniel Kahneman, Amos Tversky の名前が何度も登場した。

著者は13章, 14章がいちばん言いたかったことのようだが、残念ながら私にはまったく分からなかった。それでも豊富な挿話やキーワードを見るだけでも、楽しめた。

以下、特に気になった記述を引用:

(2章) ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーの実験:
ほとんどの人は、北アメリカのどこかで(何千人もの命を奪うような)壊滅的な洪水が起きる可能性よりも、カリフォルニアで地震があって(何千人もの命を奪うような)壊滅的な洪水が起きる可能性のほうが高いと判断する。
人は何か抽象的なことに対して保険を掛けるのを嫌う。彼らが注意するのは、いつも、もっと生々しいリスクのほうなのだ。

(2章) リスクに気づいたりリスクを避けたりといった活動のほとんどをつかさどるのは、脳の「考える」部分ではなく「感じる」部分なのだ(「リスクは感覚」だとする理論がそれだ)。リスクを避けようとするとき、合理的な考えは少ししか関係ないし、ほとんど関係ないと言っていい。

(3章) 期間を短くとると、ポートフォリオのリターンではなくリスクを観察することになる。つまり、見えるものはほとんどばらつきばかりだ。

(4章) 進化とは一つの、かつ、たった一つの時系列に適応することであって、あり得るすべての環境の平均に適応することではないのだ。

6章では、頻度(確率)と期待値の違いが述べられている。分布が対称なら、両者の違いはあまり気にしなくてよいが、非対称(稀にしか起こらないが、起こると大損・大儲けすることがあるなど)なら、頻度でなく期待値を考えないといけない。

(6章) ファイナンスの人たちは、彼らのやり方を真似て、めったに起きない事象を無視してしまった。だから彼らは、稀な事象のせいで企業が倒産したりすることに気づかない。(中略)ファイナンスでもそうだけれど、重大な結果をもたらす事象は、めったに起きなくても無視してはいけないのである。(「外れ値」を取り除いたりするが、それをして良い場合と悪い場合とがある)

(9章) 生存バイアスは当初の母集団の大きさに左右されるのを思い出そう。(中略) 知る必要があるのは、当初その人が属していた母集団がどれだけの大きさだったかということだ。

(11章: デボラ・ベネット「確率とデタラメの世界」より引用) ある病気の検査をしたところ5%の割合で偽陽性が出た。人口の1000分の1がこの病気に罹る。検査は被験者を無作為に選んで行われ、病気に罹っている疑いがあるかどうかは無関係だった。さて、ある患者を検査したところ陽性だった。この患者が罹患している確率は何%か?

ほとんどの医師は95%と答えた。検査結果は95%の確率で正しいと考えて出した答えである。正しい答えはこうだ。被験者が罹患していて、かつ、検査で陽性が出る確率は--約2%だ。

以下、答えを(頻度にもとづいて)単純化して説明する。偽陰性はないものと仮定しよう。検査した被験者1000人のうち病気に罹っている人の数は1人だと予想できる。全体のうち残りの999人は健康だが、そのうち約50人は病気に罹っているという検査結果が出る(正確さは95%だから)。正しい答えは、無作為に選ばれて検査結果が陽性だった人が病気に罹っている確率であり、次の式で計算できる。

罹患している人 / 真の陽性の人と偽陽性の人の数

ここでの数字を使えば、51人に1人だ。

(11章) 価格変化の重要度は線形ではない。2%の変化の重要度は1%の変化の2倍ではない。むしろ4倍から10倍の感じだ。7%の変化なら1%の変化の数10億倍も重要だ!

最後に注釈と、膨大な文献リストがあったが、その注釈に、(少なくとも私には)著者のストレートな主張の一つが書かれていた: (うろ覚えだが) 大事なことは、確率の計算が正しくできることではなく、どのような分布・構造になっているかを知ることだ

2012-04-13

工学部・水柿助教授の逡巡, 森博嗣

2012-04-13 読了
幻冬舎文庫

水柿君シリーズ(Mシリーズというらしい:森博嗣の自伝的小説?)の第2弾。前回よりもぶっ飛ばしている感じ。文中では「これは小説だ」と主張しているが、エッセイに近いかもしれない。まあそんなカテゴライズはどうでも良い。いよいよ小説家になる経緯(いきさつ)の話。

前作では、大学での話も結構あったが、今作は小説家としての部分の話がメインなため、大学生活の描写は極端に少ない。

それにしても、作者が意図したことだろうが、話が縦横無尽に行ったり来たり明後日にいったりして読みにくい部分が多い。まあ無理して読むなということか、ストーリィを追うだけが読み方ではない、ということか、タイトル通り逡巡しているのか。それでも続きが気になり、次作もすでに買っているのだが。

2011-01-30

日本百名山, 深田久弥

新潮文庫
2011-01-30 読了

寝る前とか風呂の中とか、細切れ時間を利用して、少なくとも1年以上かけてようやく読み終えた。知らない山がかなりあった。さすがに3000メートル級の山にはおいそれとは近づけないが、山の自然や景観には憧れる。

1つの山につき4ページで、山の歴史、名前の由来、著者が登った時の思い出、などが綴られる。自然を愛する登山家らしく、何度も、「混雑を避けて春先に登った」とか、「バスや土産物のない山」とか、の記述が見られる。軟弱登山愛好家としても、もちろん混雑していなくて、自然に近い姿の方が嬉しいが、道路などの整備によって明らかに山に近づきやすくなっており、その恩恵を受けているので、どうしようもない。

山に限らないが、例えば山の上に大きな旅館の廃墟が残っていたり、出店が規制されている観光地のど真ん中で既得権益にあぐらをかいて、醜い建物や平凡な食事で商売を続ける店など、おそらく数10年前にピークを迎えてそのまま衰退の道を進んでいるのだろうが、日本の縮図をみる思いがする場所も多い。

ところで、「後記」に選定基準が書かれている。
  • 品格
  • 歴史
  • 個性
付加的条件として、おおよそ1500メートル以上の高さを持つこと(例外は筑波山と開聞岳)。しかし最も重要な条件は、著者自らが登った経験のある山、という。そのせいで、いくつかの山が選からもれたそうだ。このような楽しい「後記」が待っていようとは思いもしなかった。