例えば、示される選択肢によって、我々は自身の選択を変えてしまう。
これは非常に興味深い。同時に、とても怖い。
プレゼン技術も素晴らしい。動画はこちら。
2011-03-21
省エネルギー(計画停電)について思うこと
地震・津波で被害を受けられた皆様にお見舞い申し上げます。
3月11日の超巨大地震とその津波の被害によって、多くの発電所が停止に追い込まれた影響で、東京電力と東北電力の供給地域では「計画停電」が実施されている。
一部の論客は、計画停電をするより、経済学の需要と供給の原理を働かせて、需要よりも供給が足りないのなら料金を値上げすれば、それに応じて需要は減る、という主張をしている(例えば、こちらやこちら)。日本社会では値上げは「弱者いじめ」になるので、平時ならともかく、国難とも言われる時に、値上げなど言い出すだけで大バッシングが起こるだろう。
ということで、(実現可能性はともかく)別の策もないものかと考えてみる。
現在のテクノロジーをもってすれば、今にも簡単にできそうなことであるが、在宅勤務を大々的に普及すれば、通勤にかかるエネルギーを節約することができるので、非常に効果があると思われる。
私も何度か電車通勤を経験したことがあるが、毎日毎日、とんでもない人数の人々を運ぶためのエネルギーたるや、相当なものだろう。加えて、そのための時間も無駄である(通勤時間中に読書などするから無駄ではない、というかもしれないが、もし通勤時間が必要なければもっと他のこともすることが可能になるので、消極的な選択に過ぎない)。これが節約できるだけで、相当な省エネルギーになるはずだ。
また、今は災害の報道でなりを潜めているだけだろうが、「低炭素社会」などと言って地球温暖化を防ごうという、根拠があまりないことに、限りある財政支出をまわしている。これだけの人的被害が地震と津波によってもたらされているのに、例えば学校の耐震化よりも、被害も良く分からない温暖化対策に予算をまわすなど、全く無駄ではないか。もちろん、科学的に研究することは必要だと思うが、それを理由に、全国の事業所にエネルギー使用量を毎年1%削減することを義務付ける、とか、余計な規制をかけるのは、ナンセンスだろう。(こちらも、電気料金を値上げするなどの方が、使用量を削減するインセンティブを与えられる気がする)
日本では、東海・紀伊半島・四国沖での巨大地震も、今後数10年のうちにほぼ確実に発生する(例えばこちら)。温暖化するかどうか分からず、仮に温暖化したとしてもどのような被害がでるかよく分からないものに、限りある資源を振り向けている場合だろうか。
3月11日の超巨大地震とその津波の被害によって、多くの発電所が停止に追い込まれた影響で、東京電力と東北電力の供給地域では「計画停電」が実施されている。
一部の論客は、計画停電をするより、経済学の需要と供給の原理を働かせて、需要よりも供給が足りないのなら料金を値上げすれば、それに応じて需要は減る、という主張をしている(例えば、こちらやこちら)。日本社会では値上げは「弱者いじめ」になるので、平時ならともかく、国難とも言われる時に、値上げなど言い出すだけで大バッシングが起こるだろう。
ということで、(実現可能性はともかく)別の策もないものかと考えてみる。
現在のテクノロジーをもってすれば、今にも簡単にできそうなことであるが、在宅勤務を大々的に普及すれば、通勤にかかるエネルギーを節約することができるので、非常に効果があると思われる。
私も何度か電車通勤を経験したことがあるが、毎日毎日、とんでもない人数の人々を運ぶためのエネルギーたるや、相当なものだろう。加えて、そのための時間も無駄である(通勤時間中に読書などするから無駄ではない、というかもしれないが、もし通勤時間が必要なければもっと他のこともすることが可能になるので、消極的な選択に過ぎない)。これが節約できるだけで、相当な省エネルギーになるはずだ。
また、今は災害の報道でなりを潜めているだけだろうが、「低炭素社会」などと言って地球温暖化を防ごうという、根拠があまりないことに、限りある財政支出をまわしている。これだけの人的被害が地震と津波によってもたらされているのに、例えば学校の耐震化よりも、被害も良く分からない温暖化対策に予算をまわすなど、全く無駄ではないか。もちろん、科学的に研究することは必要だと思うが、それを理由に、全国の事業所にエネルギー使用量を毎年1%削減することを義務付ける、とか、余計な規制をかけるのは、ナンセンスだろう。(こちらも、電気料金を値上げするなどの方が、使用量を削減するインセンティブを与えられる気がする)
日本では、東海・紀伊半島・四国沖での巨大地震も、今後数10年のうちにほぼ確実に発生する(例えばこちら)。温暖化するかどうか分からず、仮に温暖化したとしてもどのような被害がでるかよく分からないものに、限りある資源を振り向けている場合だろうか。
ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質 (上)(下), ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月衛 (訳)
The Black Swan, Nassim Nicholas Taleb
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了
「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。
取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。
徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)
それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。
また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。
あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。
マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。
著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。
文庫で出てくれないかな。
ダイヤモンド社 (上) (下)
2011-03-21 読了
「まえがき」からドキッとさせられることのオンパレードだ。だが読む前に想像していた、堅苦しい経済学の本とは全く異なり、読みにくいほどに冗談混じりのくだけた文体の、しかし非常に新鮮な、刺激的な自然観とでも言える話が展開される。
取り上げられる内容は、数学、経済学、物理学などにとどまらず、人間の認識論にまで及ぶ。つまり、人間は、頭の中で一旦、「理想」を作ってしまうと、自然はそうではないのに、理想に合わせて自然を見る目を歪めてしまう、ということだ。これは確かに思い当たる節がある。
「無知の知」だけでなく「不可知の知」
徹底的にガウス分布や「プラトン性」(こうあるべき、というものの見かた)というものを攻撃する。たしかにガウス分布は外れ値を無視してしまいがちだ。また、多くの場合、「平均」に意味はないが、拘ってしまう。(平均年収など)
それに関連して、特に金融・投資の分野では、ガウス分布(ノイズが打ち消しあう)に基礎をおいた「モダン・ポートフォリオ理論」を発展させたマーコヴィッツとシャープ、さらに彼らにノーベル賞を受賞した選考委員会をもこき下ろしている。これまで何度も「100年に一度」の異変が起こっているのに、そのような外れ値を扱うことのできないガウス分布に基づいた理論に、未だに機関投資家が頼っていることに吠えている。ただ、使っている方は、これくらいしか頼れるものがないのだろうが、著者は、そんなものでリスク管理ができていると考えるから、本当のリスクに備えられなくなるのだと主張する。
また、多くの金融機関が多様でなくなり、同様なツールで同じようなリスク管理をし、相互に強く依存するので、倒れる時も被害が甚大になる、というようなことを述べている。原著が出版されたのは2007年4月だそうで、サブプライムショックやリーマンショックよりも前にそのようなことを警告しているのは確かにすごいかもしれない。しかし著者自身がいうように、いつそれが訪れるかは予測することができない。
あと、投資に興味がある人にとって興味深いのが (下) P185 のグラフだ。ここには過去50年の、S&P500指数の変化と、その中で動きの大きかった(たった)10日を取り除いたもののグラフとを比べている。そして、その10日間を取り除くと、過去50年間のリターンは約半分になってしまうという。
マンデルブロを礼讃し、ガウス分布で表すことができるものは本当にランダムではなく、フラクタル的ランダムこそ真に気にする必要のあるランダムだと言っている。
著者は、ものごとを要約することにも注意が必要という感じだったが、一言で言うと、「先のことは分からない」ということと私的には解釈した。
とても稀な事象の確率は計算できない。でも、そういう事象が起こったときに私たちに及ぶ影響なら、かなり簡単に見極められる。
文庫で出てくれないかな。
2011-02-20
世代間闘争、あるいは新聞の活字がどんどん大きくなることについて
新聞は競うようにして活字を大きくしている。これはもちろん、購読者数の大半を占める高齢者に対するサービスだ。
新聞購読者の年齢構成に関する直接のデータではないが、日本全体の人口の推移を見れば、日本の新聞を購読する可能性のある人数の推移が分かる。
総務省統計局「日本の統計2010」によると、年少人口 (14歳以下)、生産年齢人口 (15〜64歳)、老年人口 (65歳以上) の推移は以下のようになっている。
(単位: 千人)
このように、1985年から2005年の20年間で14歳以下の子供の割合が3分の2に減る一方で、65歳以上の割合が倍に増えている。このような年齢構成のドラスティックな変化に基づけば、新聞が対象とする読者の年齢層をどんどん引き上げるのは理にかなっている。このような読者の年齢構成の変化はなにも活字の大きさだけに影響しているわけではあるまい。当然ながら、扱う記事やその論調も、主たる読者である高齢者層に気に入ってもらえるようなものが多くなるバイアスがかかるはずだ。(例: 比較的低年齢層にはサッカーファンが増えてきているが、相変わらずスポーツ面の主役は日本の野球; 外国といえばアメリカ (アメリカのこととなると、小浜市がオバマ大統領を応援する、とか、そんな小ネタまで報道するのに、その他の海外の記事は非常に少なく、最近のエジプトなどの政変についても、Reuters, APなどを引用した記事が多い); など)
昨今、「若者の○○な気質」「若者の○○離れ」などという論調を耳にすることが多いが(この論調自体、主たる購読者である老齢者目線になっている)、それらの多くのものが、上のような年齢構成の変化を考えれば、説明がつくことが多い。
例えば「若者の自動車離れ」ということがまことしやかに語られている。確かに、自動車の販売数などを見れば、若い人で車に乗る人の割合が減っているのだろう。しかし、このことから短絡的に、「若者の自動車離れは若者の考え方・好みの変化の結果」などと原因を決め付けてはいけないと思う。
上記の統計は日本全国の集計結果であるので、地方によっては、これよりさらに急激に若年人口の減少・老齢人口の増加が進んでいるところがあるだろう。実際、多くの地方では、過疎化・高齢化が進んでいる。裏を返せば若い人がどんどん減っているのだ。ただし全国平均よりも早く若年人口が減る地方もあれば、それよりゆっくりなところもある。想像するに、そのように過疎化・高齢化が進んでいるのは、自動車の必要性が高い田舎で、逆に車の必要性が高くない都市部では、相対的に若年層の割合の減少は少ないと思われる。すなわち、「若者の自動車離れ」は、考え方・好みの変化が根本原因ではなく、おそらく、住む場所を含むライフスタイルそのものが変化してきており、そのために車を持たなくてもよいと考える人の割合が増えてきたことの結果として出てきていることなのではないかと思う。
さて以上は長い前フリ。ここで考えたいのは、新聞社や自動車販売会社の経営不振の問題ではなく、今の日本の、特に若年層にある、将来に対する閉塞感、政治に対する諦め、といったものをどうすれば打開できるか、もしくは、それに近づけることができるか、ということである。
でいきなり余談だが、一介のサラリーマンである私は、先日配布された給与所得の源泉徴収票を見て愕然とした。それは、年収のうち、税金と社会保険料で差し引かれた額があまりに大きいからだ。別に累進課税の率が高い高額所得者ではないので所得税額に驚いたわけではなく、所得税額の倍以上の額が社会保険料として徴収されていて、その額の大きさに愕然としたわけだ。特に年金に対する支払は、年々料率が増えていっているのに、今高齢者が受給している額よりも少ない金額しかもらえないことがほぼ確定しているので、できることなら全国民でごっちゃにするのでなく、全額を個人勘定で運用させてもらいたいところだ。
このように年金に代表される多くの問題で、世代間での利益の対立がある。しかしながら、国権の最高機関たる国会の議員は、圧倒的に「お年寄り」が多い。これは当然ながら、上記の年齢構成が反映された結果だが、それにも増して高齢者の割合が多い気がする。これはおそらく、選挙制度の影響だと思われる。すなわち、年齢構成はただでさえ高齢者人口が多いのに、国政選挙は、全国を複数の選挙区に分けて行われるので、どの選挙区でも高齢者の有権者が多く、有権者が自分の歳と近い年代の候補者をより好むと仮定すると、結果的に、国会議員は P(y) = y^2 (y は年齢) のような、年寄りほど増え方が増えるような分布をするのではないか。
老人対若者という対立軸でみると、これらの議員たちは、より多くの票を入れてもらわないと当選できないわけだから、新聞と同様、マジョリティである高齢者に支持されるような政策(高齢者健康保険制度を見直す、消費税率は上げない、年金受給世代の金額は減らさない)を支持するバイアスを持つ。これでは、世代間の格差は縮まるどころか、拡大する方向にしか進まない。
それでなくても、そもそも政治というものは、国・地方の将来のための仕事なのに、70歳を超えたような老人ばかりが議員になって、将来のことなど真剣に考えてくれるのかはなはだ疑問だ。
そのような弊害を少しでも減らしていくためには、
ついでに議員の世襲を減らすために、
もちろん、議員が若返っても、それだけでは問題が解決するわけではないし、「閉塞感」などというものが解消されるとも思わないが、今よりは何かが進みそうな気がする、ということを感じさせてくれるだけでもだいぶ変わるかもしれない。
とはいえ、選挙制度や税制を決めることができるのは彼ら国会議員なわけだから、候補者が選挙期間中だけ連呼する「抜本的な改革」は、年齢構成が「抜本的に変わる」はずの20〜30年後にならないと無理かもしれない。となると、その頃には政府の債務残高と国債の長期金利はいったいどうなっているだろうか。
個人でいろいろな選択肢を持っておくこと・持てるように努力することの重要性はますます高まりそうだ。
新聞購読者の年齢構成に関する直接のデータではないが、日本全体の人口の推移を見れば、日本の新聞を購読する可能性のある人数の推移が分かる。
総務省統計局「日本の統計2010」によると、年少人口 (14歳以下)、生産年齢人口 (15〜64歳)、老年人口 (65歳以上) の推移は以下のようになっている。
| 年 | 年少人口 | 生産年齢人口 | 老年人口 |
|---|---|---|---|
| 昭和60年 (1985) | 26,033 (21.5%) | 82,506 (68.2%) | 12,468 (10.3%) |
| 平成17年 (2005) | 17,521 (13.7%) | 84,092 (65.8%) | 25,672 (20.1%) |
このように、1985年から2005年の20年間で14歳以下の子供の割合が3分の2に減る一方で、65歳以上の割合が倍に増えている。このような年齢構成のドラスティックな変化に基づけば、新聞が対象とする読者の年齢層をどんどん引き上げるのは理にかなっている。このような読者の年齢構成の変化はなにも活字の大きさだけに影響しているわけではあるまい。当然ながら、扱う記事やその論調も、主たる読者である高齢者層に気に入ってもらえるようなものが多くなるバイアスがかかるはずだ。(例: 比較的低年齢層にはサッカーファンが増えてきているが、相変わらずスポーツ面の主役は日本の野球; 外国といえばアメリカ (アメリカのこととなると、小浜市がオバマ大統領を応援する、とか、そんな小ネタまで報道するのに、その他の海外の記事は非常に少なく、最近のエジプトなどの政変についても、Reuters, APなどを引用した記事が多い); など)
昨今、「若者の○○な気質」「若者の○○離れ」などという論調を耳にすることが多いが(この論調自体、主たる購読者である老齢者目線になっている)、それらの多くのものが、上のような年齢構成の変化を考えれば、説明がつくことが多い。
例えば「若者の自動車離れ」ということがまことしやかに語られている。確かに、自動車の販売数などを見れば、若い人で車に乗る人の割合が減っているのだろう。しかし、このことから短絡的に、「若者の自動車離れは若者の考え方・好みの変化の結果」などと原因を決め付けてはいけないと思う。
上記の統計は日本全国の集計結果であるので、地方によっては、これよりさらに急激に若年人口の減少・老齢人口の増加が進んでいるところがあるだろう。実際、多くの地方では、過疎化・高齢化が進んでいる。裏を返せば若い人がどんどん減っているのだ。ただし全国平均よりも早く若年人口が減る地方もあれば、それよりゆっくりなところもある。想像するに、そのように過疎化・高齢化が進んでいるのは、自動車の必要性が高い田舎で、逆に車の必要性が高くない都市部では、相対的に若年層の割合の減少は少ないと思われる。すなわち、「若者の自動車離れ」は、考え方・好みの変化が根本原因ではなく、おそらく、住む場所を含むライフスタイルそのものが変化してきており、そのために車を持たなくてもよいと考える人の割合が増えてきたことの結果として出てきていることなのではないかと思う。
さて以上は長い前フリ。ここで考えたいのは、新聞社や自動車販売会社の経営不振の問題ではなく、今の日本の、特に若年層にある、将来に対する閉塞感、政治に対する諦め、といったものをどうすれば打開できるか、もしくは、それに近づけることができるか、ということである。
でいきなり余談だが、一介のサラリーマンである私は、先日配布された給与所得の源泉徴収票を見て愕然とした。それは、年収のうち、税金と社会保険料で差し引かれた額があまりに大きいからだ。別に累進課税の率が高い高額所得者ではないので所得税額に驚いたわけではなく、所得税額の倍以上の額が社会保険料として徴収されていて、その額の大きさに愕然としたわけだ。特に年金に対する支払は、年々料率が増えていっているのに、今高齢者が受給している額よりも少ない金額しかもらえないことがほぼ確定しているので、できることなら全国民でごっちゃにするのでなく、全額を個人勘定で運用させてもらいたいところだ。
このように年金に代表される多くの問題で、世代間での利益の対立がある。しかしながら、国権の最高機関たる国会の議員は、圧倒的に「お年寄り」が多い。これは当然ながら、上記の年齢構成が反映された結果だが、それにも増して高齢者の割合が多い気がする。これはおそらく、選挙制度の影響だと思われる。すなわち、年齢構成はただでさえ高齢者人口が多いのに、国政選挙は、全国を複数の選挙区に分けて行われるので、どの選挙区でも高齢者の有権者が多く、有権者が自分の歳と近い年代の候補者をより好むと仮定すると、結果的に、国会議員は P(y) = y^2 (y は年齢) のような、年寄りほど増え方が増えるような分布をするのではないか。
老人対若者という対立軸でみると、これらの議員たちは、より多くの票を入れてもらわないと当選できないわけだから、新聞と同様、マジョリティである高齢者に支持されるような政策(高齢者健康保険制度を見直す、消費税率は上げない、年金受給世代の金額は減らさない)を支持するバイアスを持つ。これでは、世代間の格差は縮まるどころか、拡大する方向にしか進まない。
それでなくても、そもそも政治というものは、国・地方の将来のための仕事なのに、70歳を超えたような老人ばかりが議員になって、将来のことなど真剣に考えてくれるのかはなはだ疑問だ。
そのような弊害を少しでも減らしていくためには、
- 地域毎に選挙区を分けるのでなく、世代毎に選挙区を分ける
- 議員も特殊な公務員なのだから、60歳程度で定年を設けるべき
- とにかく若い候補者に投票する。若くないと、本気で将来のことを考えない
ついでに議員の世襲を減らすために、
- 政治資金団体を介した贈与・相続にもきちんと課税する
もちろん、議員が若返っても、それだけでは問題が解決するわけではないし、「閉塞感」などというものが解消されるとも思わないが、今よりは何かが進みそうな気がする、ということを感じさせてくれるだけでもだいぶ変わるかもしれない。
とはいえ、選挙制度や税制を決めることができるのは彼ら国会議員なわけだから、候補者が選挙期間中だけ連呼する「抜本的な改革」は、年齢構成が「抜本的に変わる」はずの20〜30年後にならないと無理かもしれない。となると、その頃には政府の債務残高と国債の長期金利はいったいどうなっているだろうか。
個人でいろいろな選択肢を持っておくこと・持てるように努力することの重要性はますます高まりそうだ。
2011-02-16
貧乏はお金持ち, 橘玲
講談社
2011-02-16 読了
図書館
そもそもの設定(サラリーマンが法人化する)が唐突だ(もし本当に会社勤めの人が法人化したとして、もとの勤め先の会社が、新規法人と業務請負契約を結んでくれるか?)が、様々なテクニック、知識を教えてくれるという意味では、非常にとっつきやすい。
サラリーマンにはあまりなじみのない法人について個人との税法上の違い、会社の種類、会社の作り方、会計・簿記の基礎などなど、いつもながらに充実した情報が得られる。この知識が役立つかどうかは分からないが、ものの見方が広がる。縄文時代の歴史や漢文などを教える時間があるなら、資本主義の根幹を成す会社やファイナンスについて教えることが何倍も重要だと思う。
「減価償却」の考え方が分かりやすかった。
2011-02-16 読了
図書館
そもそもの設定(サラリーマンが法人化する)が唐突だ(もし本当に会社勤めの人が法人化したとして、もとの勤め先の会社が、新規法人と業務請負契約を結んでくれるか?)が、様々なテクニック、知識を教えてくれるという意味では、非常にとっつきやすい。
サラリーマンにはあまりなじみのない法人について個人との税法上の違い、会社の種類、会社の作り方、会計・簿記の基礎などなど、いつもながらに充実した情報が得られる。この知識が役立つかどうかは分からないが、ものの見方が広がる。縄文時代の歴史や漢文などを教える時間があるなら、資本主義の根幹を成す会社やファイナンスについて教えることが何倍も重要だと思う。
「減価償却」の考え方が分かりやすかった。
減価償却は、年数とともに価値が減価する資産を購入した際の会計上の扱い
現預金が500万あって、それを使って300万の車を買った場合、BSの資産の部は現預金200万と固定資産(車)300万になるだけ。キャッシュフロー上は300万の支出だが、資産としては変わらない。しかし普通自動車の法定耐用年数は6年だから、300万の営業車の会計上の価値は毎年50万ずつ減価していく。これは会計上の経費とみなされるが、すでに代金は払い済みだから、翌年以降のキャッシュフローにはまったく影響なし。初年度の300万の支出を6年かけて費用化する。
2011-02-07
Googleの正体, 牧野武文
マイコミ新書
2011-02-07 読了
図書館
Googleの収益構造に着目し、なぜGoogleが一見利益になりそうにない新しい無料のサービスを次々と開発していくか、の合理的な解説が目玉。
エッセンスは、Googleは検索広告がほとんどの売り上げで、それは検索回数にほぼリンクしているので、その検索回数を稼ぐための方策として、各種無料サービス、無料ソフト、Androidなどを開発している、というものだ。その中にはインターネットを普及させ、利用者を増やす、という考えも含まれる。これは確かに合理的な説明だ。
Googleのサービスにどっぷり使っている身としては、まさに電気や水道などのインフラと同様になくてはならないものだ。実際、数年前、日本時間の平日昼間にGoogleが一時的に使えなくなったことがあったが、その間非常に不便な思いをさせられた。Googleだけに依存するのはリスク集中の観点からも望ましくないが、なかなか難しい。それとともに、当然プライバシーの問題もある。Gmailも最初に使ったときは、メールの文面に関係する広告が表示されたのを見てびっくりしたが、慣れてしまった(慣らされてしまった?)。
未来永劫 Google の天下は続かないと思うが、そうでなくても、リスク分散は必要だ。
2011-02-07 読了
図書館
Googleの収益構造に着目し、なぜGoogleが一見利益になりそうにない新しい無料のサービスを次々と開発していくか、の合理的な解説が目玉。
エッセンスは、Googleは検索広告がほとんどの売り上げで、それは検索回数にほぼリンクしているので、その検索回数を稼ぐための方策として、各種無料サービス、無料ソフト、Androidなどを開発している、というものだ。その中にはインターネットを普及させ、利用者を増やす、という考えも含まれる。これは確かに合理的な説明だ。
Googleのサービスにどっぷり使っている身としては、まさに電気や水道などのインフラと同様になくてはならないものだ。実際、数年前、日本時間の平日昼間にGoogleが一時的に使えなくなったことがあったが、その間非常に不便な思いをさせられた。Googleだけに依存するのはリスク集中の観点からも望ましくないが、なかなか難しい。それとともに、当然プライバシーの問題もある。Gmailも最初に使ったときは、メールの文面に関係する広告が表示されたのを見てびっくりしたが、慣れてしまった(慣らされてしまった?)。
未来永劫 Google の天下は続かないと思うが、そうでなくても、リスク分散は必要だ。
ラベル:
books,
economy,
IT,
social issues,
牧野武文
2011-02-06
ネットがあれば履歴書はいらない ウェブ時代のセルフブランディング術, 佐々木俊尚
宝島社新書
2011-02-06 読了
個人版SEOとでもいえる内容。タイトルどおり、ネット上に自分を露出し、他の人に自分の得意分野・考え方などを知ってもらうということ。
セルフブランディングの入り口として Twitter が効果的なようだ (私は使っていないが)。ゆえに1章まるまるを Twitter の有用な使い方にあてている。全然知らなかったが、RTは公式サイトの機能には無いそうだ。
しかし、如何にこれらのツールを使いこなしても、本人の中身(情報提供の中身)がなければ仕方が無い。
2011-02-06 読了
個人版SEOとでもいえる内容。タイトルどおり、ネット上に自分を露出し、他の人に自分の得意分野・考え方などを知ってもらうということ。
セルフブランディングの入り口として Twitter が効果的なようだ (私は使っていないが)。ゆえに1章まるまるを Twitter の有用な使い方にあてている。全然知らなかったが、RTは公式サイトの機能には無いそうだ。
しかし、如何にこれらのツールを使いこなしても、本人の中身(情報提供の中身)がなければ仕方が無い。
- ポジティブなエゴサーチ
- プライバシーの概念は時代によっても移り変わる。個人情報を提供することで利益を受けることもある (e.g., Amazonリコメンド, 症状を公開することでアドバイスが得られる, etc.)
- 価格比較サイト coneco.net の専門家社員にはネットで情報発信していた人がいる
- 役立つwebサービス: Gmail, blog, SBIビジネス, friendfeed, twitter, tumblr, Tombloo (firefox の拡張)
- mixiは教室内の会話, blogは講演会場, twitterはパーティ形式の立食会 (原文ママ: 「立食形式のパーティ」か?)
ラベル:
books,
IT,
social issues,
佐々木俊尚
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